最終更新日 2003. 10. 16 Thu

ワタシはやっぱりマゾヒスト
奴隷が負う辛さについて、だらだら考えを巡らせるうち、ふと思いつく。
イリコのように”辛いけれども服す”奴隷もいれば、
”辛いからこそ服す”奴隷もいるのだろうと。

そういえば、一昔前のM専誌の読者投稿欄などは、この手の奴隷志願ばかりだった。
いや、今でもいるはずだ。
ある意味、それはマゾヒストが奴隷たる王道かもしれない。

”辛いからこそ”奴隷を目指すマゾヒストにあっては、
肉体が痛苦を欲するように、精神が痛苦を欲すると解釈できる。
奴隷だの家畜だのヒト以下に貶められるを求め、罵られては悦楽を感じ、
あるいは不遇に耐える自体に愉悦する。
酷い扱いを受ければ受けるほど奴隷としての悦びは増し、ひいては奴隷たる存在意義まで見るか。

だから、その手の隷属願望組は、主人が奴隷に情けをかけるなどもってのほかと表明してたし、
ラジカルな連中ともなれば、奴隷に礼を言うとか労わるとか、そんな奴はSに非ず!
とまで吠えていた。
まぁ、彼らの理想や美意識に照らせば、それは正しい言い分だ。
更には、奴隷が目指す究極の悦びはやがて廃棄されることだと説く。
それが、彼らの”奴隷道”だ。

・・・・・。

先日、とあるM女性と面識を得た。
それなりに経験もあるらしい。そのうちに彼女の身の上話が始まった。
主と慕う男がいるが、何度も破門されてるのだと明かす。

彼女は自嘲気味にそう言ったけれど、さほど深刻に聞こえない。
破門劇を楽しんでいるような印象。
詳しい経緯は知らないが、何度も破門出来るなんて余程相性がいいんだわ(笑

夜が深くなっていたせいか、それが彼女の癖なのか、初対面の私相手に一方的な話は続く。
不出来な自分は破門されて当然だとか、男は自分に同情してるだけだとか。
そんな自問めいた告白の挙句、彼女は言った。
「ワタシ、好きな人でも優しくされると途端にイヤになっちゃうんですよね」
その言葉に笑ってしまう。あぁやっぱり。

流石に「あぁやっぱり」とは言えなくて、
「ホントに我が強いのね」と誤魔化して話を切った。
これしきの関わりで、これ以上彼女の自己憐憫につきあう義理もあるまい。
私なりの結論で言えば、一見不幸そうな身の上だが、彼女にとってはそれでいいのだ。
その男の思惑はわからないが、並の神経ならご苦労なことだと思った。

・・・・・。

彼女を知る友人と後日話していた折、その話になる。
「色々話を聞いてるとね、彼女の主は彼女自身のような気がしてならないのよ」
あぁその通りだと思う。
彼女は、自分の思い通りに自分を不幸にしてくれる男を求めているのだろう。
そう考えると、彼女が見込んだ男はよくやっている。
きっと女を不幸にするのが趣味なんだよ(笑。

ここで私は、彼女の状態を”不幸”と表現しているが、
それが彼女の望む状態ならば、それは彼女にとっての幸いなのだ。
この価値観は、前述の奴隷道を極めんとする隷属願望者のそれと通底する。
マゾヒスト的幸福観とでもいうか(笑。
この悪魔的希求或いはエゴには、相応のエゴを持ち合わせた人間しかつきあえないだろうな。

・・・・・。

と、ここで気づく。
何によらず、その道を求道する者は、このマゾヒスト的幸福観に縋る面があるなと。
ある意味ストイック、第三者的には、ナゼニソコマデと呆れられるような(笑。
とすれば、賽の河原に石積むような”主道”にのめり込む私こそ、マゾヒストだわ。
や、何を今更な話だけれど、改めて笑ってしまったので記す。

さて、今回ここまで。
読み返すとまるで脈絡のない話に成り果てて、どうにも恥ずかしいやら辛いやら。
でもまぁ、わたし、マゾだからこのまま露出放置。あはは、投げやり〜(笑)
花も嵐も踏み越えて
いくら私がイリコを辛がらせるのが好きで、奴にあっては再々辛がってても、
私たちのこれまでが、まさか辛いことばかりだったワケではない。
確かに奴は、自称コンナハズジャナイ失敗を繰り返したが、
これも当然に失敗ばかりしてたワケじゃない。
勿論私も説教ばかりしてたワケじゃなく。幾ら好きでも、そればっかじゃ嫌んなるワ(笑

ここで公開オナニーするために、この二年のメールなどの記録を見返していると、
そういう当たり前のことに気付く。
いや頭では解ってても、渦中にはそれを忘れて、こんなことばっかだ…とうんざりするもので。
奴の位置では尚のこと、直面する辛さで目一杯となり、
それを思い出す余地なんてあるはずもなく、余計に辛いことだろう。

”奴隷なんて辛いものだよ”と言い聞かせつつ、けれど、
”奴隷だから得る悦びは必ずやある”と、私は確信している。
それは奴だって、実感しているだろう。
実際、落ち込みから脱出するとき、奴はちゃんとここに辿り着く。
辛いけれども悦びもある。いや、辛さがあってこその悦びか(笑。
ともかく、辛いばかりじゃない。勿論悦びばかりなはずもない。

そしてそれは、時を経て眺める事実の集積がまさに証明してくれる。
たかだか二年にしても、辛いこと同様に悦ばしいこともあったんだと。
それが当たり前のことなんだと。
確かに辛いときって、悦ばしかった記憶を忘れがちだし、
時にその記憶すら疑わしくもなるけれど、感情よりも厳然たる事実に救われるよ。

・・・・・。

先日来、一年程前からの奴との経緯を順に追っているが、
先に記事した春の乱以降、この程度に深刻な出来事は、驚いたことに年末まで起きてない。
印象としては、もっとこじれまくってるのかと思ってたのね。
そうしてみると、大きなこじれってのは、台風や大雪並に稀なことなのかもしれない。
ナンダ、意外と健全なお付き合いだわぁ(笑。

いや勿論、細かく見れば、二ヶ月置きくらいに小さな事件は起きてるんだけど、
私としては、さほど消耗せずに済んでいる。
それが証拠に、折々のこじれを巡ってのメールは一往復くらいで終わってるし(笑。
あぁでも、今となれば、こういう小さな綻びを適当に見過ごして、
ちゃんと手当てしなかったこそに問題を見てるんだけど。

もっとも、私的には小事件でも、
奴にしてみれば、台風に直撃された並みのダメージを負ったかもしれないし、
年に二度の深刻な事件には、天地がひっくり返った程の絶望を覚えたのかもしれない。
だから、同じ出来事を共有しながら、互いの事実には随分と隔たりがあるんだと思う。
とすれば私は、私固有の事実で楽観しちゃだめだなぁと自戒する。

・・・・・。

私がここで回想する現在、その一方で、奴にも過去を振り返る作業を課している。
またまたママゴトぽい所業なんだけど、メール等からデータを抽出してもらってるのだ。
これは、昨年末の事件以前に、専ら私が今後の方針を立てる目的で依頼したことなのだが、
図らずも、今となれば奴にも意味のある作業になってしまった。

先日進捗状況を訊いた折、「はっきり言って辛い」と奴はこぼした。
偶々なんだろうけど、奴には初めて、語尾に「です」がつかない発言だった(笑。
そして「楽しいこともあったのに、そういうのは詳しく書いてないんですね」と苦笑する。
「結局そういうことになっちゃうね」と、私は相槌を打つしかなかったけど。

でもねぇ、楽しいことは語らずとも、いつまでも憶えてられるものと思う。
その逆に、辛いことは忘れたがるものなのね、人の摂理として。
勿論それでもいんだけど、辛いことだからこそ記憶に留める努力をしたほうが、
後々役に立つんじゃないかしらね・・・説教のネタにもなるし(笑。

・・・・・。

花も嵐も踏み越えて。
花の記憶を心に抱いて、またの嵐に備えましょう。
今後の課題、あるいは予定
これも偶にイリコに訊くことなんだけど。
「キミとしてはもっとウマクやれると思ってたでしょ?」

問われて、「そうですね・・」と答える奴の困った顔が小気味よい。
けど、それは、失態を重ねてしまう不甲斐なさを悔やむというよりも、
コンナハズジャナイノニ…と戸惑っているふうで可笑しい。
まるで想像し得ない不可解に首を傾げてる感じなのだ。

確かに、先日記事したように、
奴隷という状態が、奴本来の能力を奪っている面はあるだろう。
失態を演じ、不具合を指摘されて、普段の自分なら出来るのにと歯痒く思うこともあるはずだ。
だから、奴隷である自体を言い訳にして、やり過ごすことは出来る。
その意味では、私だって大目に見ているつもりなんだけど。
しかし。

奴が本当はどれ程有能であっても、
私とある限り、奴隷という克服しようもないハンディキャップを負うことになる。
私にあっても同じ。
そして、その覚悟の上で”ウマクいかないこと”を眺めたとき、
それは全てハンデのせいなんだろうか。
恐らくはそうじゃない。
いや寧ろ、ハンデに甘えて手をこまぬいていることすらあると思う。

・・・・・。

さて、私は奴を困らせたり、辛がらせたりするのが好きだ。
その上、説教するのも好きだ。いや、好きというより癖というべきか。
だから、DSなんてママゴトやってんだろうね(笑。
けれど、どれ程困らせ辛がらせようと説教垂れようと、無茶は言うまいと自制している。
というか、誠実にあらんとすれば、それは出来ない。

だから、私が奴に言い下すことは、前述の覚悟も踏まえた道理のうちにある。
少なくとも私の誠意に照らして。
たぶん奴だって、無理難題をふっかけられた認識はないんじゃないかな。
あ、単なる難題はあったか(笑。
それでも、ウマクいかないことは起きてきた。
言われた通りに出来ないとか、困ることとか、辛いこととか。

それは私にも起きてたことだけど、その何倍もの苦しさを奴は味わったことだろう。
その都度、奴の自尊や自信は揺らぎ、自身を疑うことを余儀なくされただろう。
でもね、ウマクいかないことを経なければ、ウマク出来るようにはならないの。
認めたくなくても、ウマクやれない自分を受容しなければならないの。
辛いだろうけど。

・・・・・。

誰だってウマクやりたいと願う。
でも、大抵はウマクいかないことばかりだ。未熟なうちなら尚更に。
万が一、端から何でもウマクできる人がいたとしたら、その人は幸福なんだろうか・・・
まぁ少なくとも、私はそんな人を奴隷にしたくはない。
だって、大好きな説教が出来ないもの。つまり、この点で不幸ダと断言しとく(笑

冗談はともかく、これからも奴はウマクいかないことに出会うと思う。
そして、辛い苦しい思いをするだろう。
けど、どうせ辛いのならば、コンナハズジャナイノニ…と嘆くよりも、
ハンデをもってしてもウマクやれない自分を認める辛さに甘んじて欲しい。
自信や自尊にしがみついて泣くよりも、それらを捨てる苦しみを得て欲しい。

どうやっても辛く苦しいならば、実のある辛さや苦しみのほうがいいじゃない?(笑。
そしたら、今よりもずっとウマク出来るようになると思う。

あぁでもね。
そうなったとしても、絶対ウマクいかないことは出てくるものなのよ、お生憎さま。
だから心配無用。私もずっと好きな説教を続けて、辛がるキミを見る予定(笑。
かわいそうなキミが好き
時々思い出したようにイリコに訊くことがある。
「奴隷やるのって辛いでしょ?」
応えて奴が「辛いです」と言う。

もちろん、その前後には何かしらエクスキューズが入るのだが、
私としてはその一言だけにしみじみと心が深くなる。
我ながらその情動が面映くて、
大抵その後に「辛いのになんで奴隷やるの?」なんて茶化してしまう。

すると、奴は「お慕いしてるからです」なんて嬉しい回答を恵んでくれるのだけど、
そう答える奴の困ったような面持ちこそが愛おしい。
それは、辛くても服してくれる健気さにほだされるというよりも、
望んだとはいえ辛い境涯に落ちた奴の身の上に、”哀れ”を感じるからだ。
可哀想に…と慰めながら、ぎゅぅと抱きしめたくなるよ。

とは言え、実際に抱きしめはしない。
身の内に胸苦しさを留めることで、一層奴への愛おしさが募るのだ。
それに、敢えて構わずにいて、もっともっと可哀想な奴が見たいとも思う。

辛そうなキミが好きだ。
可哀想なキミが好きだ。
だから、こんな辛い仕打ちばかりしちゃうのかな。
奴隷だから辛くて当然と突き放してしまうのかな。

ふと我に返って、そうしてしまう自分に疑問を投げてみる。
奴は決して辛いことが好きじゃないはずだ。
普通相手の嫌がることはしないものだし、私だって、相手が奴じゃなきゃしない。
奴だから、辛いとわかっていても辛さを課してしまうのだ。
やっぱりイビツだ。だから性癖か。
じゃあ、辛くとも従う奴の場合、どうなんだ?(笑

・・・・・。

SMも含む性行為に限れば、私は奴を辛がらせるのに躊躇しない。
が、それも奴がそう望むからじゃない。
いや寧ろ、巷にありがちな”痛苦に貪欲で恥辱に欲情する”式のマゾだったら、食指は動かない。
かといって、痛苦に耐えてこそMの本懐なんて構えられても困る。
辛ければ辛いと泣き喚き、止めてと懇願して欲しいのだ。

このとき私は、S側にあってはありきたり(笑)に、奴が辛がり苦しむさまにソソられる。
それで更に行為しては、もっと嫌がらせようとする。
奴が嫌がれば嫌がるほど、その可哀想な様子に狂おしいような感情が湧く。
そんな奴が可愛くてならない。心から愛しいと思う。
自ら酷いことしといて、可哀想がって・・・そんな愛し方をする。

勿論というか、しかしというか。
時に愛しさが溢れて、ただただ愛撫することもある。
手の中の小さな動物を目一杯撫で回してる感じ。ワタシの大切なモノ。
けど、そうやって直接的に大切にされ慣れない奴としては、
少々戸惑いを覚えるらしく、怯えながら抱かれている。
ま、そんな風情も可愛い。いや、そんなだからますます可愛い(笑。

・・・・・。

このところ私は、行為以外の部分で奴を辛がらせてばかりだ。
ここで過ぎたことを暴き立てるも然り、現在奴に課している作業も然り。
いや、最近に限らず、振り返れば、奴には辛いことの連続だったろう。
だから、時々「辛いか?」と訊き、
時に言葉で時に語らず、辛くてもついてきて頂戴と口説いた。
それに奴は応えてくれた。

如何にもあざとい言い分だけど、行為だけの関係じゃないから、こうなってしまうんだろうと思う。
可哀想にと思いながら、いや、可哀想にと思いたいからやめられないのか(笑。
だから、これからも辛さに甘んじて欲しいと切に願う。

あぁこれって、殆ど自分への言い訳だとわかってるんだけど。
ごめんね、でもね、可哀想なキミが好き。
哀れみの様相
誹られるのを覚悟で告白すれば、私がM魚を愛しむ要件の一つは”哀れみ”だ。
あぁごめんなさい。性愛の相手を哀れむなんて、人道に背く傲慢だと知っている。
だからこそ、外道な性癖と認識しているし、M魚以外にそれを向けることはない。
というか、相手がM魚だからこそ、”哀れみ”の情が喚起されるのだろうと思う。

もっとも、私が哀れむのはM魚自身ではなく、M魚たる業のようなものについて。
同じヒトに生まれながら、自らを貶める欲望を抱いてしまった無惨が哀れを誘うのだ。
いや、所詮は同じ穴の狢。相手を哀れむなんてとんだ思い上がりだとわかってる。
けれど心は理性を裏切り、”哀れみ”は、あたかも”愛”のように生じてしまう。

だから、そうして生じる”哀れみ”に負の要素は感じない。まるで勝手な感覚だけど。
確かに”哀れみ”というのは、それを抱いた時点で優位に立ってしまう不遜な情だ。
けれども、実感として見下してはない。優位にありながら相手を尊重してる感じ。
それが、両者の位置関係が相似する”蔑み”とは決定的に違う点だと思っている。

・・・・・。

が、ここでハタと思う。S側にあれば、蔑んでこそ相手と関わる人もいるのだろう。
私が否応なくM魚を哀れんでしまうように、彼らは”蔑み”を抱いてしまうのかしら。
対する蔑まれたいM側は、蔑まれてこそ、自分の存在意義や相手への情を抱くのかしら。
とすれば、これら両者にとっては、”蔑み”もまた”愛”に同列なのだろうか。

確かに、”蔑み”を抱くことのない私には、蔑んで相手と関わる心境は理解しがたい。
いや正直に言えば、蔑まれたいと願望するM側に煽られて、蔑んで”やる”ことはある。
それなりに興奮するが、それは蔑むことで相手が堕ちていく様子に感じてるだけだ。
けれど、”蔑む”自体を好むS側ならば、それが愛や情の基盤になり得るのかもしれない。

実際、私がことDS関係の従に抱く”哀れみ”は、奴への情愛の大きな部分を占める。
それと同様のことが、”蔑み”で繋がる人たちの間にはあるのかなと想像している。
もっとも、”哀れみ”も”蔑み”も、性愛に絡む以上単なる感情では留まらないはずだ。
”愛”が性衝動を生むように、私にあっては”哀れみ”が行為する欲望に関与している。

・・・・・。

無論、いくらM魚に”哀れみ”を感じるといっても、相手によってその程度や様相は異なる。
たとえ関係しても、DS関係にないパートナーや恋人、ゆきずり相手にはさほど生じない。
つまり、情愛を形作るほどの”哀れみ”を抱くのは、然るべき関係性においてこそだ。
ただ、どんな関係であっても、何かしらの”哀れみ”が行為を駆るような気がしている。

喩えてそれは、セックスする前や最中に、”愛”と錯覚される性衝動のような感じかな。
だから、行為を終えてしまえばその狂おしさは霧散する。刹那の”愛”のように(笑
つまりSM行為において、私は、M魚を哀れみたがっているらしい。純粋な欲望として。

とすれば、”哀れみ”と”愛”を同列におくのは、いかにもご都合主義だわと鼻白むけど、
それは、”愛”にしたって、肉欲を孕んだ性愛だもの、仕方ないかなと思い直す。
にしても、肉と心にまたがる性愛というものは、処しがたいことだと、改めて思う。

・・・・・。

けれども、哀れむにしても蔑むにしても、凡そのヒトが親しむ性愛からは程遠く、
そのイビツさを備えてしまった自分が悲しい。というか、自分をこそ哀れに思うよ(笑
しかし、それでも呼応してくれるイビツな同志があることを本当に幸いに思う。
もしかしたら、相対しつつも芽生えるシンパシーこそが、愛や執着を生むのかしら。
春の乱その後 #3
私が至極当然に用いていた”訓練”という言葉、あるいは概念について、
イリコに「今初めて理解しました」と明かされて、
驚きつつも、改めて自分の理解を振り返る。
ついでに辞書まで引いてみた(笑。決して難解な語ではない。
いわんやそれは、誰しもが成長の過程で、
また生活や仕事の上で経験するありふれたことなんじゃないか。
そう思うだに、奴の理解が腑に落ちない。後に続く文面に、僅かに先途を見る。


> 自分の中に新しい要素を造っていかなくてはならないと感じております。
> それが今まであったものと結びついた時、
> 想いを表現する方法が身につくのかなと考えました。


ここに至り、奴には”訓練”の概念自体がないのかなと思った。
いやもちろん奴だって、訓練された経験は絶対あるはずなんだけど、
恐らくは”訓練”に意識的である機会を逸したのだろう。
だから、この時点での奴の理解は、”訓練”の過程における一番の難局を見落としている。
つまり、今まであったものを”捨てる”想定が足りない。

・・・・・。

確かに概念などなくとも、訓練は出来る。
自我を得る前の子どもの躾なんてのがそうだ。
しかし、幼い子にさえ"我"はあって、そうすんなりと躾られるものじゃない。
それでも子ども特有の生存本能でもって、
相応の抵抗があるにしても、それなりに我を抑えることを覚えていくのだろう。
その経過に意識的である必要はないと思う。

けれども、自我を得るにつれ、生存本能は自我を保つことに変わっていく。
すっかり大人になってしまうと、我を抑えたり捨てたりするのは本当に厄介になる。
意識することなく漫然といては、絶対に出来ないとさえ思う。
だから強烈な動機を得たり、切羽詰った状況におかれたり、意識的に向かわねば、
訓練は成り立たないのではないか。

もっとも、こう考えるのは、私こそが我の強い人間だからだと思う。
自分が正しいと思いたがる。
だから自我を得て以降、他者と折り合うそれぞれの局面で、
渾身の力で自らを省み、疑い、我を捨てる努力をした感がある。
勿論、今でも我と戦うことは再々だ。
僅かでも気を抜けば、私はすぐにでも身勝手な人間に成り下がるだろう。

・・・・・。

私が殊更に「意識的にあれ」と奴に言い下すのは、
自分と同程度の、いや経験の差をもって私以上の我の強さを奴に見ているからだ。
そこで返信のメールでは、敢えてこの理由まで言葉にして呈した。
そうすることで、奴に相応のショックを与えてしまうのはわかっていたけれど、
一度は通るべき道だろうと身勝手な合理化をして送信することにした。


> さて、この一年キミと相対してきて、未だに再々に思い、かつ憂うのは、
> キミは「自分のやり方が間違っている」と認めたくない人なんだなぁということです。
> つまり、「自分のものさし」が本当に大事なんだなぁということです。
>
> もちろん、誰もがこの傾向を持ちますが、キミのそれは実に頑強なのです。
> この状態を、世間では「プライドが高い」と言います。
> 自分がタダシイと思いたがり、自分は間違ってないはずだと思いたがる人です。
> 何か不具合が生じた時に、すぐに自分の否を疑えない、謝れない人です。
>
> こうした人に訓練を施していくのは、実に難しいとご理解頂けると思います。


ここで私があげつらったそれぞれは、経験に基づく実際的な考察なのだが、
やはり奴には酷だったようで、翌日からのメールは予想以上に沈鬱なものとなり、
またも私はフられてしまうのかと、慌ててしまった(笑
春の乱その後 #2
イリコと初めて会った時から、
私は奴の排他的ともいうべき自尊心の高さに気付いていた。
その以前にメールを交し合った時々にも、それは何となく感じていたのだけれど、
対面してはっきりとわかった。
しかし、奴のその性向は私には忌むべきものではない。
寧ろその部分にこそ、奴隷たる素地を、ひいては関わるべき動機を見たのだ。

だから、初対面にも関わらず、多分にS側という立場に乗じて、それを指摘した。
流石にそう確信するに至った奴の言動をあげつらうのは憚られて、
私としては言葉を選んだつもりだったのだが、果たして奴はそれを聞くや絶句し、
衆目の中にありながら、臆面もなくぼろぼろと泪をこぼし、鼻水まで垂れた。
酒のせいもあったろうけど、そうなってしまう奴に私は希望を得た。

そして、まさにこの時、私は奴を奴隷にしようと思ったのだ。
どこか人を寄せない猜疑心の強そうなこの男の、表側に現れる精一杯の自尊は、
たぶん汚れた根を持たないと。
恐らくはこれまで経験に恵まれなかったか怖じたか、つまり無知ゆえの、無垢ゆえの結果だろうと。
己の恥を知り得て泣ける奴の魂は、きっと清らかだと。
そう感じたから。

・・・・・。

初めてプレイした後、私は奴に、暫定ながら奴隷の位置を与えた。
何故”暫定”なのかと問われれば、それは単に勿体をつけただけ(笑。
まぁそんなカッコつけたせいで、後に思わぬ不幸を背負い込むのだけど。

もっとも、その時にはそんなこと想像もしてないので、本心では、
奴が自分の奴隷になったのは決定事項で、早々と仕込む展望を描いてたのね。
挙句、プレイ後に行った飲み屋で既に私は、すっかりその気で説教している。


「奴隷ってのは、”自分のものさし”を捨てることなのよ」
「キミは、”自分のものさし”がとても大事みたいだけど、大丈夫かしら?」
「大事なのはわかるけど、人とあっては、他人のものさしも尊重しなくちゃね。」
「てか、そうしたほうがキミが得なの。人と付き合う知恵みたいなもんかなぁ。」
「だから、奴隷やることで無理やりにでも、人のものさしに沿う訓練が出来ればいいね」


その時から二年あまり、私は何度もこの説教を繰り返してきた。
つまり、奴が躓き、私が指摘する事柄はいつも同じ、相変わらずなのだ。
もっとも、人がそう簡単に変わるはずもないのは知っている。
だから、人を変えたいなんて不遜な展望を抱いた時点で、その困難に甘んじる覚悟はある。
そして、飽きず同じことを言い続けている。

・・・・・。

春の乱に端を発したメールの対話も、結局この問題に行き着いた。
というか、やっぱり私のほうから、いつもの説教を始めたのだけど(笑)
先の記事であげた、奴の「高校生」発言を「甘い」と断じた後に続けて。メール文中より。


> 何度も繰り返してきましたが、意識的な訓練こそが必要だと思っています。(中略)
> 私がキミを訓練する目的は、キミの人間的な成長を願ってるわけじゃないのです。
> はっきり言って、まさに私のために益になるべく、キミを躾けているんですね。
> 勿論、目標の達成に付随して、キミが人としても成長した結果を見られれば何よりと思いますが。


読み返すと随分酷い言い分だが、そのぶん、奴には強いインパクトを与えたのだろう。
返信メールには、思いがけない心象が綴られていた。


> 再三にわたり「訓練」というお言葉を頂いておりましたが、
> 今初めて理解いたしました。遅きに失し、お詫びいたします。


これを読んで、またも私は唸ってしまったのである。
春の乱その後 #1
昨今の記事の流れから、一年も前の出来事を取り沙汰しているが、
一年経った今現在はどうなのよと省みれば、相変わらず同じ壁にぶち当たり、
同じ所で躓いて、同じ説教を垂れ続けている 2003・春。あぁ、溜息が出る。
けどまぁ、我が身を振り返るだに、
幾つになっても同じような失敗、同じような後悔を繰り返しているワケで。

その意味では、昨年春に奴が寄越した見解のほうが実情に則しているのだろう。
二年目を期して奴に示唆した記事を巡って齟齬が生じたのを指摘した折のことだ。
奴は、記事に込められた「もう新人扱いはしないよ」というメッセージを汲むことなく、
以下のように読み取ったという。春の乱の後日に交わしたメールから。


> もちろん変化や進歩はあろうかと思いますが、
> 今までの一年がまた続いていくものと考えていたのです。


これに対し、私はメールでも口頭でも「甘い」と切って捨てたのだが、
それから一年経過してみれば、当の本人こそが、未だ甘さを拭えないままだと思い知る。
日頃奴には、「掛け声ばっかで行動が伴わない」と叱咤することが多いが、
まさしくそれは、自身に向けて戒めるべき言葉なんだろうと反省している。

・・・・・。

さて、一年を機に変化した私の心境や対応について、
奴はこれを「中学生が高校に進学したのだ」と解釈したうえで、
「今後は高校生としての自覚に目覚め、その責務と本分を尽くす決意を固めました」
と結んだメールを寄越した。
この「高校生」という表現に、私は失笑してしまったが、
まぁ本人がそう思ったんだから仕方ないやとも思った。奴なりの感覚だろう。

しかし、意地悪な私は、ここにも奴の我の強さを見てしまう。
私が「新入社員」と喩えているのに、何故にわざわざ「高校生」と翻訳するかな(笑。
もっともこれには相応の前段があって、むしろ私のほうが、
二年目の展望を説明する際に「教科書が変わった」と表現してしまったからなんだけど。
それにしても、不惑に近い男が高校生とは笑わせる。

そこで、これも「甘いッ」と切り捨てたけど、まぁこれは私固有の感覚で、
奴が考えた筋道は間違ってないワケで。だから、我ながら言いがかりぽいナとは思う。
けど、関わった当初から、奴には”奴隷”という役目役割での訓練を期していることもあり、
「高校生」という表現を退けた。奴の我も抑えたかったし(笑。

・・・・・。

さてここで、私たちのメールも含めたやり取りを客観的に眺めれば、
たかだか性愛に基づく間柄なのにしゃらくさいことを…と滑稽に見えるかもしれない。
それが、たとえDS関係なんてママゴトじみた関係にしても。
恐らくは、埒内の方にすら首を捻られることだろう。

けれども、少なくとも私は、ドン・キホーテのように大真面目なのだ(!)
とすれば、対する奴はサンチョ・パンサか…と見なせば、その構図だけでなく、
性質までが似通っているなぁと、偶然だか必然だか、この符合に笑ってしまった。

ともかく、私たちはかくも奇天烈な道行を続けている。
いや、道連れにされてしまった奴には気の毒な話だけれど。
それでも、熱き理想を目指す旅は、執着するにあまりあるんだね。
閑話休題 〜母とのこと〜
これまでの記事の中で、
再々私は”母の支配下にあった”とか”母の奴隷だった”とか表現してますが、
さて、これが世間並みの母娘関係に照らして、字面ほど強烈なものであったかどうかは甚だ疑問です。
どんな親でも子を守り育てる上で、
支配的であったり、子を抑圧したりする一面があるものでしょうから。

そう承知しながらも、殊更に母のその一面に拘り、そう称したがるのは、
母から自立せんがための所謂「母殺し」的な意味合いが強いと思っています。
なので、この歳にもなって、話の成り行きとはいえ、これを持ち出すのは結構恥ずかしいものです。

もっとも、今現在の生活や心象において、母との関係が影響することは殆どありません。
恨みがましく思い出すこともありません(笑。

けれども、ことイリコと関わる上で、母と自分がどうだったかと回想することがよくあります。
主に自分の言動を振り返るためですが、
彼とのことをどこか母と私の関係性に重ねてるのでしょうね。
それとも、未だに私は、”母の奴隷だった”と思いたがってるのかしら(笑。



母とのことを思い出すのは、決まって、イリコに不服を覚える時です。
その時私は、まずは怒りや失望という感情を抱き、
次に、そう感じた事柄に苦言を呈したり、叱ったりする必要に迫られます。
その度に、怒りや失望を露わにした母や、
私自身が怒られたり、叱られたりした時の記憶が呼ばれるのです。
と同時に、子の私が覚えた恐怖や焦燥、無力感、絶望感、
それが嵩じて覚えた衝動などが思い出されます。

たぶん、事実と記憶には大きな偏りがあるとは思うのですが、思い出すそれは、
殆ど何も教えてくれず、訊いても「自分で考えなさい」と突き放されて、
けれど母の思い通りに出来なければ「何を見てたの?!」と呆れられ、役立たずと罵られ、
一旦母が怒り出したら最後、私の何から何まで否定されて、挙句育てた恩を返せと迫られる
・・・そんなイメージです。


こうして改めて文字にしてみると、
単に被害妄想に陥ってるだけじゃないの?と自分の記憶を疑うばかりですが、
そのイメージがあるのは確かなんですね。


対する私は、とにかく母の思い通りを目指して、怒られまいとするのですが、
所詮母の思い通りに出来るはずもなくて、怒られてばかりだったような記憶です。
怒られるのが怖くて、どうしたら母に満足してもらえるのか、役に立てるのか、
常に神経を使っていました。
今思うと、姑に仕える嫁のようでしたね(笑。

いぇ、未だにその片鱗はあって、
例えば実家に帰ると、夜中に母が咳をしただけで起きることが出来ますし、
咳が治まるまではお世話をしなきゃと待機モードに入って、寝られなかったりもします(笑。
勿論、今となっては流石に、そうしなかったからと言って母が怒るとも思わないのですが、
心底に怒られる恐怖があって、そうなってしまう感じです。
そんな折、我ながら「刷り込まれてるなぁ」とげんなりするばかりなんですけど。



と、だらだら恨みがましいことばかり書き連ねましたが、つまり、
当時の私の存在意義は、”母の役に立つこと”で、
最も怖れていたことは、”母の機嫌を損ねること”だったワケです。

この点で、イリコの存在意義と怖れに当時の自分が同調してしまい、
私が味わった辛さを、せめて彼には感じさせたくないと願っては、
当時の辛苦をもたらした母の言動を反芻し、自らを戒めているのですね。
コミュニケーション不全 #2
イリコが私の問いかけに答えて。


> 僕としての立場を与えて頂いた時、ご不興を頂くことは私にとっての恐怖となりました。
> それは論理や意識ではなく、感情から生じるものです。
> そこに常識や知性の介在する余地はなく、心の深奥から発したものに精神も体も縛られてしまいます。
> 小動物が人影を察知して逃げるように、その気配だけで思考が麻痺してしまいます。


この前後の文脈で奴は、
「相手の言を理解するよう努めることが人間関係の第一歩だと思う」と言及しつつ、
自身に起きる過剰反応について、
「通常の人間関係であれば、そのようなことはあり得ないこと」と分析している。
その上で、
「奴隷だからといってすぐに思考停止に陥っては、奴隷の責務が果たせないだろう」と結んでいた。

・・・・・。

これを読んで私が頭を抱えてしまったのは、
そこに錯誤があったからでも、失望したからでもない。
過剰反応について奴が自認する状態を聞けば、むしろ満足さえ覚える。
なぜなら、それは奴隷としては理想的な反応で、
意識のかなり深い部分から奴が私に隷属していることを知らしめたからだ。
この一年の成果を見た気がした。

だから、奴が過剰に反応したところで、そこに不服を覚える所以はないのだろう。
それに、感情レベルの反応に私の言動を吟味しろというのは、土台無理な要求だとも思う。
出来得ることは、私自身が奴の反応を見越して言動するだけで、
たとえ思いがけない反応を招いても、私の責として受け止め消化すればいいのだ。

しかし、実際問題として私は困難を覚えている。
奴にしても、自動的にそうなっては閉塞し、自らを処しかねている。
どうすればいいのか?
どうしようもないのだ、たぶん。
私たちはずっとそれぞれの困難を抱えていくのだろう。
僅かに希望があるとすれば、
年月を経て慣れることで、今程のしんどさを感じなくなること位だろうか。

・・・・・。

そんな風に無理やり納得しようとしていた矢先、
当時懇意にして頂いてた方に、この一連の事柄を半ば愚痴めいてお話する機会があった。
これに応えて、その方はご自身の事情を引きながら、奴の反応や心境に理解を寄せて下さった。
その上で、支配側が如何に対応しようと、被支配側の過剰反応は拭えないものではないかと仰る。

そこで、私はハッと気付いたのだ。
そう言えば、かつて母の支配下にあった私は、未だに母の言動に怯えるわと。
支配を逃れ、精神的に訣別し、自立したつもりになって既に何年も経つのに。
そして、私が母に覚える恐怖は、まさに奴が明かした私に対するそれと同じで。
更に私は、その恐怖から真に逃れられるのは、母が死んだ後だと諦めているのだ(!)

とすれば、私と奴の間に立ちはだかる壁は、自分が思うよりずっと高く厚く、
自身の都合で楽観したり合理化できるほど、甘いものではないのだろう。
互いに慣れればどうにかなるかしらなんて期待しても、
私は母に、これまでの年月をかけても慣れることなど出来なかったではないか。
思考が転がり始めて、また振り出しに戻ル。ドウスレバイイ?

・・・・・。

結局、今もどうすればいいかはわかってない。
わかっているのは、毎度同じ壁にぶち当たるということだけだ。
けどまぁ、壁なんてそんなもんだろうと諦めてもいる(笑。
コミュニケーション不全 #1
イリコは毎日メールを寄越す。
余程の事情がない限り必ずだ。これには本当に感心している。
ただ、実のところ私にはそう命じた記憶がない。いや、単に失念してるだけかもね。
まぁいずれにせよ、結果として今では私も当然の日課のように捉えてしまっている。
一日でも途絶えれば私は不審に思い、また不安にもなるだろう。

だから、奴がどんな心境にあっても、それだけは欠かさないのは有り難い。
特に関係がこじれている場合、むしろ、
私としてはだからこそ、一言でも、日課だから仕方なくでも連絡が来れば安息する。
けど、自らを省みるに、相手と気まずくなると挨拶するのさえしんどかったりするもので。
そう考えれば、奴は偉いなぁと思う。

・・・・・。

一方、私はあまり返信をしない。
別に勿体つけてるのでも、面倒だからでもなく、意識してそうしてきた。
もちろん必要最低限の返事はするし、一つ事を巡っての対話であればコメントも返す。
が、私たちの間柄にあっては、私が吐くカライ一言が奴の動揺を招く。
文字になれば尚のこと。それで不用意に返信するのを避けている。

とは言え、当たり前に気に掛かる事柄は出てくるので、それをどう伝えるかに私は腐心する。
で、私なりに考えて時機や手段を選んで伝えてきたのだが、それが適正だったかどうかは自信がない。
というか、これは今現在抱える懸案のひとつなんだけど。
ただ幾ら気を払っても、思いもよらないダメージを与えてしまうことがあるんだね。

先からの記事を書くために当時のメールを読み返してみると、
この手の成り行きで、私たちはこじれている。奴が乱心する一週前の出来事だ。
結果奴の気は低迷することになり、これが後に影響したのは確かだろう。
このやりとりで、私は奴との意思疎通の難しさを痛感したものだ。
そして今でも、その難しさを完全に消化できずにいる。

・・・・・。

起こった事実は、実に些細なことだ。
ある日のメールに奴の記憶違いを見て、それを指摘する短い返信をした。
指摘自体を奴が気に病まないように、ちゃんと(笑)マークを文末につけて(笑。
そして翌日の奴のレス。『そのような覚えもあります』
対し私は違和感を覚え、また短いレスを返した。『この感想は奇異な感じがする』

続けてその理由を数行書いたのだが、とにかくこの返信に、奴はショックを受けてしまった。
つまり、自分の発言が私の不興をかったと怯え、落ち込んだのだ。
そして、翌日の対面には酷い面持ちで現れた。
ただでさえ無口な奴が更に黙りこくって、陰鬱な気を漂わせる。
その様子に、私は溜息を吐くしかなかった。

私は正直困り果てた。
これしきのことでこうなってしまう事実に。

勿論、奴にとって私の言葉は、
自分が思う以上に怒っているように、或いは叱責のように受け止められると覚悟している。
ひいては、それが奴に落ち込みを招くだろうことも。
だから、相応に気を払ってるけれど、この調子だと私は何も言えなくなってしまうじゃない?

・・・・・。

後日のメールで、私はこの困惑を伝え、否定的な言葉でもある程度吟味できないかと問うた。
そして翌日、奴はおそらくは正直な回答を寄越した。
そのメールを前に、私は再び頭を抱えてしまった。
イリコと剃毛 #2
ちょび髭腋毛の一件から半年ほど経ったある日、私はあることに気付いた。
その時イリコは四つん這いで尻を高く掲げ、私は後方からそれを眺めていたのだが、
尻のあわいがやけに綺麗なのだ。金玉も尻穴の周りもつるつるに剃り上げられて、まさに私好み。
思わず「いいねぇ」と嬉しい声が出る。「やれば出来るじゃん?」

それに応えて奴は何か言おうとしたのだが、
尻穴を晒す羞恥に咽び、剥き出しになった皺をなぞられ、引き伸ばされるうちに、
そちらへの反応に忙しくなり、”やれば出来た”剃毛を誇る機会を失ってしまった。
尤も私としては、出来て当然の剃毛次第を聞かされても、殊更に感心もしなかったろうけど。

それでも奴としては、きちんと出来た自分を主張したかったらしく、後日のメール。


> 言いつかっておりましたので、この日は入念に剃毛を施してまいりました。
> 遅ればせになったことをお詫びいたします。
> 結果につきまして、お褒めいただき感謝しております。
> 鏡を下に置きまして、またぐような格好になりまして剃刀を使っております。
> 今度は、もう少し広範囲にきれいにしてまいります。


これを読んで、私はやっぱり”何をいまさら”と思ったのだけど、
その直後、とある記憶が呼ばれて、噴き出してしまった。

・・・・・。

実のところ、イリコはかなり毛深いほうで、
初めて奴の裸体を見たときに私は愕然としたものだ。
奴が並みの素材なら、即刻NGを出していただろう。
が、奴のその他の部分に並外れた魅力を見てしまえば、もぅそこには目を瞑るしかない。
というか、奴に惹かれる一心で、毛なんて剃ればいいんだし・・と合理化してみたのよね(笑

ただ奴の場合、”剃ればいいんだし”と軽くあしらえる程の毛並みではなかった。
首下までびっしりと胸毛が覆う。陰毛は言うに及ばず。
それを剃ってしまうのは、いくら私の希望とはいえ、奴には相当の抵抗を呼ぶはずだった。
しかし、天は私に味方した(笑。思いがけず、早々にこれを果たすことになる。
人生万事塞翁が馬。

てのも、奴が犯した例の理不尽な仕打ちを濯ぐ手段にしようと思ったから。
つまり、お仕置きとして剃毛を施そうと思い立ったのだ。頭を丸めるつもりで体毛を剃られよと(笑。
我ながら無茶な言い分だと思うけど、一方で一挙両得の思いつきにほくそえんだのも確かで。
あぁ、間違いなく私は地獄に落ちるわ。

・・・・・。

お仕置きの日。私は山ほどの剃刀を散らかして剃毛に勤しんだ。
奴ほど広範囲に多毛だと、本当に骨が折れる。途中でイヤになったくらいだ。
大体私は剃毛をしてやる自体、あまり好きではない。S側のかたの中には好む人もいるけどね。
それでも、お仕置きだから頑張った。
いや・・・快適な環境作りのために頑張った、と言うべきか(笑

その後日、奴に小さな鏡と際ぞり用の刃渡りの短い剃刀を与えた。
奴が、今日を限りに私の奴隷になると誓った日だ。首輪だのなんだの諸々のお道具とともに。
そして、今後私の前に出るときは、体毛の処理をしといてねと頼んだ。
こないだは私が剃ってやったけど、股間はこうして剃るのよと用具の使い方まで説明した。

・・・・・。

それが、「やれば出来るじゃん」を遡ること一年半前の記憶。
ナンダカナ・・・たかだか股の毛剃るのに随分かかったものだと呆れる。
まぁ教わったこと自体、奴は忘れてたんだろうけど。
いや、私でさえ忘れてたんだから、大きなことは言えないね(笑。

にしても、つくづく、何かが出来るようになるには暇が要ると改めて思い知った次第。
イリコと剃毛 #1
イリコが乱心した日のことを順を追って書き記すうちに、
あの日見た不思議な情景が思い出された。

それを見た途端、私は驚き呆れた。不機嫌にさえなった。
後日、それは愚痴のネタとなり、それを聞いて友人は「可愛い〜」と笑った。
その時は「可愛いくないッ」と反論したけれど、今は思い出すだに笑える。
可愛い気も、しなくはない(笑。

・・・・・。

それを見たのは、イベントに出向く前、これから装束を施そうという時だった。
私の前に膝立ちになった奴の体を点検する。
奴には胴の前面、陰部から上の剃毛を義務づけていた。これは今も続くお約束だ。
ただ最初のうちは、腋毛の処理だけは免除していた。
たぶん、仕事上人前で着替えることがあると聞いてたからだと思う。

ところが、奴の性感帯を拓くにつれ、この腋毛がどうにも邪魔になってきた。
というか、私が相手に求める理想のカラダは、頭髪以外完全無毛(笑。
毛があると痛いのよッ、べろが。荒れるのよッ、ほっぺが。
それ以前にあると萎えるのよッ、タチ魂がぁぁ。
てなワケで、その最中に殆どキレる感じで「剃って頂戴ッ」と命じてたのね。

で、その日。ちゃんと剃ってきたかなと腕を上げて腋を晒させた。
おずおずと無防備になる奴の腋の下、そこは私の理想に近く、つるつるになってるはずだった。
疑いなくそのつもりで見た。
見たところが、嗚呼っ・・・私は一瞬絶句して、次にむっとして言った。「ナニコレ?」
可笑しくも何ともなかった。寧ろ腹立たしかった。

・・・・・。

そこには、ひと束の腋毛がちょび髭のように残されていたのだ!(※参照)
他の部分は確かに剃刀をあてたのだろう。ぼつぼつとした剃り跡になっている。
「なんでここだけ残したの?」私は怒ったように訊いた。
その間抜けな光景に正直落胆していた。
奴の性格からすると、絶対ジョークなんかじゃない。本気で馬鹿じゃないかと思った。

「ここだけ、どうしても剃れなかったんです」
私の反応に怖じたのだろう、奴は消え入りそうな声で答える。
バカジャナイノ?ああたぶん、私はそう声に出しまで言ったはずだ。
「こんなの初めて見た」いやホント、そうだもの。
「腋毛処理する女って多いけど、そんなみっともない腋見たことある?」
私だって見たことないやぃ。溜息が出る。

その後は、例によって説教だ。
「どうしてもって、本当にどうしてもなの?やる気がなかったんじゃないの?
 自分で見てオカシイと思わなかったの?それで私がイイヨって言うと思ったの?
 キミはいつもそうだ。適当なところで諦めて。
 腋の窪みを剃るのはそりゃ難しいよ。私だってそう。誰だってそう。
 でも誰でもやってるッ」

・・・・・。

その日奴に施そうとしていた装束は、上半身をボンデージテープで巻くというもので。
首から巻き下ろしたテープを袈裟懸けにとって、片腕だけを手先まで巻いて、
もう片方の肩と腕は剥き出しにしようと考えていた。
つまり、片方だけにしても腋まるみえ。
「どうすんのよッ」となじりながら、結局そのままで巻いてしまった(笑。

そん時はすっかり不機嫌になってたので、思いつきもしなかったけど、
会場でそれをネタに笑いをとればヨカッタ。くそー。
だって、普通の体勢じゃ腋の下って見えないもんね。
しかも、脇の窪にちんまりおさまったちょび髭腋毛なんてさ。
今更ながらに悔やまれて、かつとっても口惜しいので記事にした次第。
悪しからず、ごめん。


※参照図↓

戦い済んで夜は更けて #3
この夜、思いがけず私の深層が開いてしまったのは、
やはりイリコのパニックに、少なからず影響を受けていたせいだろう。
幸い、出てきたものは「母との関係性」なんてありふれたもので、助かった。
確かに思わぬ気付きに驚きはしたけど、精神状態を揺るがす程の事柄じゃないし、
その程度の自己矛盾なら放っとける位、私もオバサンになった(笑。

それにしても、人の精神って脆いと改めて思う。
まるで柔らかな臓器のようだ。何らかの刺激を受ければ、必ず傷つく。
大抵は自然治癒するけど、魔法のようにいきなり回復はせず、生体らしく徐々に癒えていく。
その途中にある精神は自分で思うよりずっとデリケートで、
些細なことで揺れたり、不安を生んだりしてしまう。

そして幸か不幸か、精神のダメージは往々に知覚されない。
それで、思わぬ成り行きで自分の負の部分が露見したりするんだね。
この夜で言えば、奴のパニックに強い不安を覚え弱った精神が、
風呂場での思いもよらない発想や深層の自己矛盾に気付くという後遺症を招いたのかと思う。
改めて、精神の仕組みを実感してしまった。

・・・・・。

ところで、SMプレイをしてると、こうした精神の仕組みによく出会う。
単に肉体のみを責めていても、身体的なダメージは精神の疲労を招きがちだ。
弱った精神は傷つきやすい。
S側の何気ないひとことが、M側の精神を決壊させることもある。
つまりこの時、言葉は鞭よりもエゲツナイ凶器になり得るんだね。
時に、敢えてその凶器を振るう場合もあるけど、最大限の注意が必要だ。
精神を責めるのはおっかない。

まぁ、取り立てて精神を責めずとも、更にはさしてハードなプレイでなくとも、
M側の精神が弱ってるなぁと実感することは再々ある。
何というか、精神の砦が薄く低くなり、無防備になってる感じ。
最中はそれでいいけど、これがプレイを終えても余韻として残ることがあって、
帰途に事故を起しかけたなんて話は少なくない。

だから、行為の後はしばらく共にいて、ある程度精神を復調したほうがいい。
と私は思うのだけど、M魚によっては、早いとこ独りになって自分の世界に没入したがる奴もいて、
その気持ちもよくわかるので、煩いほどに気をつけろと言い含めて見送る(笑。

・・・・・。

夜が未明の刻に変わろうとする頃、ようやく床に就く。
問わず語りをしたことで程よく気も落ち着いて、眠ることが出来そうだ。
布団に入り、これもいつものことで奴に足を揉んでもらう。
そして、いつものようにそのまま寝付いてしまった。
ただ、奴としては仕事に勤しんでいてもなお、現実感が薄かったらしい。
本当にまいってたんだね。


> ゆっくりおみ足をマッサージさせていただきながら、
> 何かそのおみ足がとても遠いもののように感じておりました。
> まさに自分が今その手に取らせていただいているおみ足ですが、
> 伝わってくるものはとても遠く薄いものでした。


・・・・・。

遅くに休んだせいか、目覚めると随分日が高く、空の青さに胸がすくようだった。
夕べの疲れが残っているが、気分は悪くない。
私以上に疲労しているはずの奴はしかし、健気にいそいそと働く。

呼び寄せて跪かせ、その鼻先につま先をあてがうと、奴は縋るように唇を寄せる。
次第に、奴の気が再び戻ってくるのが感じられて、ほっとする。
そして、もう片方の足を足元に纏わる奴の後頭部に乗せ、奴の気を巡らせながら、
今日は景色のいい場所で風や日差しを受けながら、弁当でも喰おうと思った。
戦い済んで夜は更けて #2
風呂から上がったイリコに、いつも通りに首輪を掛ける。
これで、何もかもがいつも通りだ。幾分余韻が残るものの、ようやく息が整った感じ。
それは奴にしても同様、いや私以上に胸を撫で下ろした瞬間だったろう。
後から聞けば、「もし首輪を頂けなかったら…」という危惧を抱いていたようだ。
仕方のないことと思う。

しかし、怯えながらも奴はいつも通りに私に首輪を差し出して、
「お願いします」と請うた。それに私は応えた。
このやり取りは、奴と関係を結んで以降、一番優先される決め事だ。
埒外の方が見れば笑止な、まさにママゴトっぽいお約束かもしれない。
けれど、それは私たちにとって重要な意味を持つ、縋るべき儀式なんだね。

どれ程の不具合が生じようとも、
互いが互いを諦めない限り、この儀式は私たちを救ってくれるだろう。
殊に奴にとっては、首輪は生命線の象徴であり、明らかに奴の心象を司っているらしい。
後日の報告メールにはこの瞬間の心情が綴られていた。


> バラバラに壊れたものが、少しずつ寄り集まってくるのが感じられました。


首という命に直結する部位に輪っかをはめる意味を思う。

・・・・・。

それから小一時間、私はベッドに腰掛けて静かに話を紡いだ。
奴も静かに床に蹲ったままだった。

どういう風に話を進めたかは既に記憶にない。
恐らく、先刻起きた事の次第を解いてみせるとか、
一年を過ごして今どういう方針でいるかとか、そんな話をしたんだろう。
時々奴の反応を待ったが、そこまでは回復してないようだった。

そのせいだろうか、奴に語りかける一方で、自分自身と対話をした印象が強く残っている。
話の成り行きで、私が幼少の頃から母の支配下にあった話をした。
「私は母の奴隷だったのよ」とも言った。
もっとも、これは以前から時折話題してたことで、特に告白めいたものでもなく、
話題自体が印象を左右するほどのものでもない。

たぶん、私と奴の関係性の対象物として、母と私の関係を持ち出して。
私はかつて自分がそうされたようにはキミを扱いたくないと。
母のやり方は酷かったと。それで私はとても辛かったと。
けれど結果私のような奴隷が出来て、そりゃあ母が執着するのは無理ないねと。
だって、私のような奴隷は理想的だよ?と。
私だって、私みたいな奴隷がいれば欲しいわと。

・・・・・。

話がここまで転がった途端、私は驚き叫びだしそうになった。ナンテコトダ・・・!
嘔吐感を催すほどの衝撃を覚え、本当に口を手で覆ってしまう。
そして、その恐るべき矛盾が身の内に渦巻くのをイメージして、慄いてしまった。
せめて奴が傍にいることで、「吃驚したぁ」とどうにか声は出してみたけれど。

母のようにはなりたくない。のに。母が育てた私のような奴隷が欲しい。
明らかに矛盾した二つの希望。その馬鹿馬鹿しさに、タイプするだけで頭痛がする。
けれど、無意識ながら、両者が並び立っていたのは事実だ。
それぞれを別個に見れば、私は確かにそうしたいんだもの。
自分がわからなくなる。自問しても胸苦しいだけだ。

・・・・・。

いや、冷静に理詰めで考えれば、この矛盾を整合させる術はあるんだろう。
私が母に受けた辛いやり口を、今でもどこか恨みに思うことを、私はしなければいい。
それに、私のような奴隷が欲しいといったって、卑屈なとこまで同じでなくていい。
いや寧ろその卑屈は、母の私が忌避する部分が植えたものだし、これで理屈は合うはずだ。

けれども私は、心底に潜む、正確に言えば刷り込まれているであろう
母に育てられた記憶が、自身の言動に表出するのが本当に怖い。
いや既に、奴隷を持ちたがる嗜好において、それは顕在しているのかもしれない。
だからこの時、心から、子どもを持たなくてよかったと思った。
ここに、第三者的に見れば由々しき錯誤があるにしても。
戦い済んで夜は更けて #1
一息ついたのを見計らったかのように、友人からの電話が鳴る。
そこでようやく気づけば、既に午前三時。彼女とはイベント後に会う約束だった。
深夜に特有のハイテンションな声が届く。

「ごめんね。ちょっとワケアリで行けないや」
私も気張って明るく応答してみたが、
場の雰囲気におよそ不釣合いな自分の声に、却って滅入ってしまった。

ただ、これで膠着した気が一旦断たれて、思考が巡り始める。
約束のせいもあって、次に何をすべきか、それまで一向に思いつかなかったのだ。
とにかく風呂に入ろう。イリコに命じ、バスタブに湯を張らせる。
奴はいつも通りに湯の加減に目を配り、やがて「支度が出来ました」と言う。

・・・・・。

いくら奴隷だからって、あんな事があった直後にあれこれ命じるなんて。
普通の感覚で考えれば、私は随分と思いやりに欠ける「主」かもしれない(笑)
けれども、奴隷にとっては、いつも通りに用を言いつけられるほうが安心なのだ。
それに、拘泥した心身は、別の事柄に勤しむことで解放され、救われると考える。

だから、普段に小さな拘りが生じた場合、ときに私は用をさせない仕打ちに及ぶ。
それは、考えてそうしてる場合も、感情からそうしてる場合もあるのだけど。
例えば、湯上りの体を拭わせないとか、身支度を手伝わせないとか(笑)
あぁ他人様には馬鹿馬鹿しいやり取りだけど、奴には結構堪えるみたいなのね。

ただ、この時の奴のダメージは、そんな思惑や感情を挟む余地がなかった。
とにかく細心の注意を払って、いつも通りに振舞うのが最良の方策だと考えた。
流石に私も相応のダメージを負っていたので、そう努めるのはしんどかった。
が、私もまた、無理やりにでもいつも通りを演出することで、救われてたと思う。

・・・・・。

暖かい湯に浸かり、少しずつ緊張が解けた頃合に、ある考えが浮かんだ。
『私が風呂に入ってる間に、奴は帰ってしまうかもしれないなぁ・・・』
そう発想した途端、我ながら酷く驚いてしまった。そして、少し笑ってしまう。
この一年、奴とは様々な場面を共にしたが、そんなこと微塵も考えたことがなかったから。

驚きながらも私は、意外にも冷静にそう考えている自分に気づく。
勿論この考えが的中したら私は慌てるだろうし、落胆もするだろう、と続けて思う。
更には『それも仕方ないかなぁ』と、あたかも自分をなだめるような発想まで湧いて、
たかだか一年きしの付き合いとはいえ、勝手なもんだなと自分に呆れもした。

そして、心底人を信用するってのは難しいなぁと改めて思った。
それは奴が相手だからでも、私たちの間柄がママゴトじみたものだからでもなく、
もし、その難しさに原因があるとすれば、私の器量によるものなんだろうなと。
そう思えば、私なりの器量で信用を培う努力をするしかないのだなと。

もっとも、人を信用するなんてのは、自分だけで出来るもんじゃない。
自分が信用するに足る情報を、相手方に見、また頂いてこそ、信用は育つものだ。
だから、己の器量が小さいのなら、その分辛抱強く情報を集める必要があろうし、
そのために相手方にも辛抱を強いるなら、その分誠意を示す必要があるだろう。

・・・・・。

湯から上がったとき、私は一連の思考を終えて、落ち着いた心境にいた。
もちろん、奴が留まっているかどうかの危惧はあったけど、覚悟も固まっていた。
やっぱ、風呂に入るってのは、大した効果があるなぁと余計なことまで思う。
そして、先刻よりはずっと普通に、いつも通りに浴室を出ることが出来た。

果たして奴は、イベント用の装束もそのままに床に蹲っており、安堵する。
恐らく奴には、私が湯の中で発想したことなど、考えもつかなかったことだろう。
不安というのは、こうやって、大抵自らのうちだけに生じる魔物なんだよね。

「キミも入ってらっしゃい」
そう命じると、未だ緊張の面持ちを貼り付けたまま、奴は浴室に消えた。
湯を浴びながら、奴はいったい何を思ったろうか。
続・閑話休題 〜奴隷の心と体〜
つらつら書けば長々となり、挙句”閑話休題の続き”なんて冴えない次第ですが(笑



以前から、イリコに限らずM魚について話題する時に抱く危惧のようなものがあって、
てのも、私の記事から想像されるM魚像ってのは、実に不甲斐ない男なんだろうなと。
更に言えば、ダメ人間のように思われるんだろうなと、
心配になるというか、当のM魚たちに申し訳ないような気分になることがあります。
ホントごめんなさい。

特に私が奴隷と呼ぶ者に関しては、凡そ彼らの負の部分しかネタにしてないような。
大体、男が奴隷になりたがる自体、世間並みの評価としては低いでしょうに。
それを、彼らと結託する私までが更に貶めるような発言をするのはいかがなものか。
過ぎた身びいき同様、身内にカラすぎるのもねぇ・・・と反省しています。

ただまぁ、今更の言い訳ですが、彼らには長所も沢山あります。
少なくとも、私にとって得るところがあるから、縁を結んでいるワケですね。
それに、私からは見えづらい、つまり奴隷の立場から離れたときの彼らは、
私が想像する以上に立派な人間かもしれません。
もっとも、そうであっても、私には与かれないのが残念ですが(笑。



と前置きした上で、私と対峙したときの彼らについて。
ママゴトじみた関係であっても、私は彼らの目上にあたるので、相応の緊張を強いられます。
これは、時や場を限定してDSの間柄になる、所謂ロールプレイ的なDS関係でも生じるもので、
むしろ場面を限ることで、従側は、より強い緊張を余儀なくされるようです。

そして、この緊張の中で彼らは、普段通りの能力が発揮できなくなることが多いです。
まぁ誰しも、もちろん私だって、緊張のせいで本来の力が殺がれることはありますもの。
ただこれに加えて、「奴隷であること」自体の特殊なストレスがあるために、
まさに非日常的な緊張に支配され、益々その能力を奪われてしまう結果を見ます。

実際、本人ですら信じ難いような能力低下が起こります。
うまく喋れない、考えられない、判断力が鈍くなる、機敏に動けなくなる等々。
更にこれは心理的な部分にも及び、感情が不安定になり、自己抑制が出来づらくなるようです。
すなわち、些細なことで落ち込むとか泣くとか、混乱するとか。
つまりは、弱くて情けない男に成り果てます。



もちろん、奴隷の位置にある男の全てが、主の前で無能で情けない男になるとも思いません。
それこそ、主の支えとなるべく、有能にして頼りがいのある態度で仕える奴隷もいるはずです。
恐らく私の奴隷たちも、及ばずともそうありたいと憧れることでしょう。
それで一層、自身の不甲斐なさに凹むのだと推察します。

しかし、こと主側から見たときに、奴隷の不甲斐なさってのは端から折込済みなのです。
先に”奴隷であることの特殊なストレス”と述べましたが、
まさにこれを期して、男を奴隷の位置に置いているのですから(笑。
いぇ主側だけでなく、従にあっても、DSの関係を結ぶにおいては、これを期待するものです。
その功罪はともかくとして。

例えば、”絶対服従せねば”というストレスは、隷属する悦びにも繋がりますが、
一方、それが出来なかったらどうしようという大きな不安も生みます。
主に服したいという希望の裏に、こうした不安が具体的にいくつも生じることでしょう。

時に奴隷が、自分でも処し難い不安感を訴えることがありますけど、
もうそれは奴隷である以上避けようのないことで、
彼は彼なりにそれとつきあい、私はそれを前提に接していくしかありません。



どなたにあっても、何らかのストレスや不安を抱えると心身が不調になるように、
奴隷の心身が常態以上に脆弱なのは、絶えず奴隷たるそれらを抱いているため
と私は考えています。
なので、奴隷が弱く情けない状態になるのはやむなしと承知しているのです。

・・・というか。
脆弱な男が好みの私としては、むしろ願ったり叶ったりってことにもなりますね(笑。
閑話休題 〜心と体〜
先の記事から派生して、以下つらつらと。



心理的な負荷が急激に、また劇的に身体症状に表れるパニックとかヒステリーと呼ばれる状態。
医学的に厳密な定義はともかく、私はいずれの経験もあると思ってます。
思うってのも曖昧な言い草ですけど、
幸いにも医師の診断を要する程に、深刻な状況でも反復性もなかったいうことですね。
とはいえ、これは非常に辛いものです。

なので、先に記事したイリコが陥った状態は、
客観的に見るにおいても、また本人の申告を聞いても、自分の経験に照らして理解できます。
動悸やふるえ、呼吸困難、冷感などが同時に発作し、本当に自分が壊れていくような恐怖に襲われます。
骨が軋むような痛覚が生じたり、立っていられなかったり。
ホントかなりキツイです。

しかし、パニックが起きる時は、
一旦その途についてしまうと、なかなか理性的には回避できません。
ある程度パニック慣れ(笑)すると、ヤバイと予見できる時もあるのですが、
どうにもならず手をこまぬくしかない感じ。
心理的なダメージが先立つ現象ながら、
一方で体の変調を危ぶむ感覚もあるってのは、実に面白いですね。



そう言えば、先日イリコに説教中、奴が奇妙な動きをしました。
それまで微動だにせず正座していたのが、
前触れもなく突如のけぞって、痙攣したようにカクカクと動いたのです。
正対していた私は、一瞬またパニックか?と驚き、「どうしたの?」と声をかけると、
「失礼しました」と常態に戻ったので、ひとまず安心したのですが。

とはいえ、その一連の動作の不可解さに説明を求めたところ、
「心が警報を発したので、深呼吸をした」と言うのです。
まぁ、尋常でない深呼吸(笑)ではありましたが、
心理的に正常を保つために、体からアプローチするのは有効な方法だと思います。
ここに至り、さすがに奴も慣れてきたってことかしら(笑。大したもんです。



さて、冒頭でパニックに並べてヒステリーを挙げましたが、これまた両者の定義的な違いはわかりません。
わからないけれども、我が身の実感として、両者は関連するけれども別物じゃないかなと思っています。
あるいは、自律神経失調症の範疇なのかな。
パニックは一時的なものですが、こちらは長引くのでなかなか難儀です。

そして恐らく、パニック状態が誰にも起こり得るのに対し、
この状態は誰もが経験するワケじゃないと思います。てか、かなり病気ぽいですもん(笑)
私が過去に経験したのは、
腸が動かなくなったのと始終涙が止まらなくなったのと、特定の人と話そうとすると声が出なくなったのと。
や、自ら列挙しつつ呆れるばかりですが、本当の話です。

あ。流石にこの時は医者に行きました。生活に支障をきたす状態でしたから。
ただまぁ、薬を頂いても対症療法でしかなく、心理的な回復とともに体も復調した次第です。



もっとも、幸いなことにイリコに関しては、この手の状態の報告を受けてません。
が、奴にもひょっとしたら因子があるやもと危ぶんで、気に掛けてはいます。
ことに、奴隷という立場では、心理的に脆弱になるのは免れませんから。
それは、奴が本質的にタフであってもです。
・・・てか、根がタフでないと奴隷になんか出来ませんが(笑)
イリコ、2002春の乱 #3
私が投げた「キミを信用してないわよッ」という暴言は、あっけなく奴を壊した。
石になる前兆をきたしていた奴には、壊滅的な衝撃だったらしい。
いや、たとえ落ち着いた状況であっても、
そう言われたら相応のダメージを受けるのは必至だ。
その相手に信用して欲しいと、或いは信用されてると思ってれば、奴に限らず誰だって。

奴にあっては、主たる私にそう言い下されるのは、
自身の存在そのものを否定されるに等しく、そのショックは想像にあまりある。
もっとも私は、この発言の前に「キミが勝手を出来る程」とエクスキューズしているので、
文脈としては、奴への信用を全否定してはない。
けれど、あの状況では、そうとられても仕方ないことと思う。

結果、奴の心身はパニックに陥った。
その様子は、まさに”壊れる”感じ。それもスローモーションで崩れていくように見えた。
そのせいか、酷く長い時間そうなっていたように思えたけれど、
実際は僅かの間のことだったんだろう。
これは、例えば転んだ時に地面がゆっくりと迫ってくる様に似ている。
人の感覚って本当に不思議だ。

恐らくこの感覚は、危機的状況を察知したときに働く特別なものと思う。
つまり私は、奴の変調に接して、身の危険を感じてしまったらしいのだ。
実際、ふたりの間を隔てるテーブルがひっくり返されるイメージが脳裏をよぎった。
それ程に、壊れてしまった奴が発する気は尋常でなく、
普段の奴のそれとの落差が、私を不安にさせた。

・・・・・。

さて、対する奴は、この時の自身の変化をどう感じていたのか。
以下、事後に届いたメールから抜粋。


> 私が落ち込んだことは、今までにも例のあったことです。
> まるで何かに殴られたかのような、物理的な衝撃を感じたこともあります。
> しかしこの時は、それに加え、目の前が真っ暗になりました。
> 更に心理的のみならず、肉体的にも変調に襲われました。
> 内臓がきりきりと締め上げられ、嘔吐感がしてまいります。
> 更に、呼吸ができません。
> 私が深呼吸をしていたのは、そのような事情によるものでした。


実は、パニックから脱した直後、奴は自身に起こったこと自体に気づいてなかった。
上記の記憶が事後に反芻して蘇ったものなのか、或いは、
知覚しつつも、私が慄くほどの変調をきたしたと認識してなかったのか、
改めて訊いてないのでわからない。
けれども、復調した頃合に私が受けた印象を伝えると、酷く驚いたようだった。

推測に過ぎないが、ここまでのパニックに陥るのは、奴には初めてだったのかもしれない。
小さなパニックなら、私と出会って以降も何度か起しているのだが、
それらについては、奴は大体認識していたと思う。
しかし、格段に大きいパニックに見舞われたことで、高いレベルの自己防衛が働き、
認識そのものを阻んだのかと想像する。

・・・・・。

奴の息が整うのを待って、今一度フロントへ電話をさせ、やがて湯が届く。
先刻奴が下げていたコンビニ袋の中身は、煎茶のティーバッグだった。
まだ完全に表情が戻らないままに、奴は粛々と支度する。
訊けば、暖かい缶入り飲料を見つけられず、ほうぼう探し回ったとか。
そして考えあぐねた末、こうすることにしたのだと言う。

「それをすぐに言えばヨカッタのよ」
差し出された茶を啜りながら、言葉をかける。
せめて微笑んでみせたつもりだが、出来たかどうか自信がない。
そのとき、私はまだ緊張の中にいた。
イリコ、2002春の乱 #2
その日、私たちはとあるクラブイベントに出向き、夜半に投宿先のホテルに戻った。
と、暖かい飲み物が欲しくなり、奴にお使いを頼む。
フロントに言って湯を運んでもらうよりも、
階下のコンビニで調達するのが手っ取り早いと思ったからだ。
何度も使っている宿なので、奴もそれを心得ており、すぐにでも取って返すはずだった。

ところが、奴はなかなか戻ってこない。
最初は遅いなぁと苛々もしたが、そのうち今度は心配になってくる。
何かあったのか?と思い始めた頃合に、ようやくコンビニ袋を下げて戻ってきた。
そして、特に何があったとも言わず、やおらフロントに電話し始める。
「何してるのッ」奴の不可解な行動に驚いた私は、慌ててそれを制した。

その時点で、既にフロントが応答していたのだろう。
どうにか非礼を詫びては電話を置き、奴はその定位置である床にのろのろと正座した。
が、その顔に、もはや表情はなく、奴の混乱が覗える。
けど、混乱してるのはこっちの方だとばかりに、私は追い討ちをかけたのだ。
「キミが勝手を出来る程、私はキミを信用してないわよッ」

・・・・・。

一年余って付き合っておいて、「信用してない」なんて酷い言い草だと思うけど、
じゃあ全面的に信用してるかと問われれば、二年経った今でも答えに窮してしまう。
いや、当時も今も、基本的には信用してるのよ。
実際この二年、奴は本当によく仕えてくれたし、特別に裏切られたこともないし、
その忠誠は疑うべくもない。

けれども、奴の大きな欠点のひとつである”独り善がりな言動”が改まらない限り、
私が奴を信用しきるのは無理だ。少なくとも、奴を「従」とみなすにおいて。
たとえ、その傾向が奴の気質に根ざすもので、所詮改まりようのないものだとしても、
せめて私といる時は無理やりにでも抑えて欲しいと願う。だから躾ているんだね。

もっとも、いくら厳しく躾たからといって、
相手は既にオトナだもの、完全に矯正できるなんて思っちゃない。
今でもそうだが、奴の勝手が出る度に仕方ないなぁという気にはなる。
とはいえ、見過ごしにする程、私は寛容ではない。現実、困ることも往々だし。
だから、飽きず物を言う。本音を言えば、それはしんどい作業だ。

・・・・・。

さて、冒頭の成り行きについて。
我が身の事実ながら、第三者的に見ればナンデソウナルノ?と首を捻るしかない。
こんな些細なことで混乱する私たちは、やはりイビツだ。
しかし、どれ程些細なことでも、それが私たちのルールに反すれば、私は驚き失望する。
DSというままごとに興じる私たちにとって、ゴザの上のルールは絶対だ。

では、この時、奴はどんなルール違反を犯したのか?
端的に言えば、報告の義務を怠ったのだ。

奴としては、
私に暖かい茶を用意する自体に重きをおいて、そうすべく全力を尽くしていたのだろう。
それを途中で、しかも否定的なニュアンスで挫かれて、訳もわからず混乱したと。
奴の立場にたてば、当然の結果と思う。

しかし私にしてみれば、
奴が何の断りもなく、指示した以外の行動をとったことに驚いたのだ。
正直に告白すれば、モノが勝手に動いた(!)くらいに動揺したし、恐怖さえ覚えた。
いや、裏を返せば、それ程まで「従」たる奴を信用していたとも言えるね(笑。
それもあって、あんな乱暴な言葉を投げてしまったのかもしれない。

・・・・・。

かくして、奴は壊れてしまい、私は更なる驚きと動揺と恐怖を味わうこととなる。
イリコ、2002春の乱 #1
一周年のエールを送ってから一月余り、私たちの間には思わしくない気が満ちた。
主に奴のほうの気が低迷しており、一緒にいると私まで滅入る程で、正直困った。
後に判ることだが、結局奴は、エールで示唆した内容を把握してなかったらしい。
方やその示唆を前提に接する私に、奴は戸惑い、不安を覚え、落込んでしまった。

省みれば、私が急ぎ過ぎ、期待しすぎたんだと思う。奴の理解を確認しなかった。
私としては、もう二年目なんだから、これまでとは違ってくるよと伝えたつもり、
奴が読み取ったのは、一年目よりも更に前進して下さいといった型通りのエール。
ここに齟齬が生じては、指示を出す側受ける側の連携がうまくいこうはずがない。

が、不幸なことにすっかりその気になっていた私は、以前より厳しく躾にあたり、
以前通りにやってるのに、何故かダメを出される奴は混乱の果て、石になった(笑
奴が石になるのは、何もその時が初めてでなく、以前からあったことなんだけど、
二年目の期待に逸る私は対応も一新せんと、即ち、おもねらないことにしたのね。

・・・・・。

実のところ、奴と共にあって一番しんどい思いをするのは、奴が「石になる」時だ。
この時奴は押し黙るのが常だが、怒ってそうしてるのでも、拗ねてるのでもない。
恐らく、怒るとか拗ねるとか私に感情を向ける以前にそうなってしまうのだろう。
これを奴は「情動が冷える」と表現するが、まさしくフリーズした状態になるのだ。

こうなると、奴は視線さえも虚ろになり、何か話し掛けても返事すらしなくなる。
二人きりでいる片方がこの状態の時、もう片方は当然に困る。さて、どうするか。
過日記事した友人のように、徹底した”北風政策”(笑)を採るのも一案だろう。
が、ヘタレな私が採ったのは、専ら”太陽政策”寄りで、奴を甘やかしてしまった。

宥めたりすかしたり、笑わそうとしたり、半端に許して局面を変えようとしたり。
勿論、本心から甘やかしたかったワケじゃないけど、結果的に奴におもねったと。
まぁ慣れないうちは仕方ないと自分に言い聞かせては、そう対応してたのだけど、
その度にしんどいナと思ったし、何だかやりきれないような気持ちにもなったよ。

つまり、何故女王様が奴隷にへつらわねばならんのってなベタな感情でもって(笑
いや、普段はこんな馬鹿げたこと思わないんだけど、しんどさについ愚痴めいて。
そういえば、先の”北風政策”の友人にしても、時にそんな愚痴を垂れてたなぁ(笑
とすれば、いずこも同じってことだけど、少しでもどうにかしたいと思ったワケ。

・・・・・。

で、結局のところ、奴は物の見事に壊れてしまった。私の想像を上回る速さで(笑
いや、正確に言えば、奴が石の砦を築くより早く、私が追い込んでしまったのだ。
てのも、それまでは、奴が対応する時間を見計らいつつ、私は物を言うのが常で、
そのせいで、奴には「石になる」猶予を得ていたのだが、この隙を与えなかった。

なぜそうなったか・・・これも笑っちゃう程、瑣末なやりとりの末に起きたことで。
その日、奴が特別な失敗をしたワケでも、私が特別に不機嫌だったワケでもない。
私はお茶が飲みたくて、奴はその支度に手間取って。ただそれだけが事の発端(笑
が、諸々のタイミングや両者の思惑がすれ違う不幸の末に、奴は乱心してしまった。

お陰で、私は後の予定もキャンセルして、奴の手当てをする破目になったのだが、
この時もやっぱり、大きな気づきを得たものだ。そして、やっぱり愕然とした(笑
・・・思えば、昨年暮れの事件にしても、この手の不測の事態が勃発するごとに、
私は、いや奴もまた、思考を迫られる。とすれば、奴の乱心は尊ぶべきなのか?(笑
一年前のだだ漏れ次第
恥ずかしながら私には、平常心を保てなくなる程に苦手な用件ってのがある(笑。
実は今現在もその用件を近日に控えて、何となく落ち着かない、嫌な気分でいる。
一年前の今頃も、やはり同じ用件を目前にして、体調までも落ち込み加減だった。
そういう時はなるべく人と関わらず、粛々といるのが、精神衛生上ベストなのだ。

・・・・・。

ところが昨年の今頃、どうしても外せない用件があり、イリコと会ってしまった。
そう、会ってしまった、のだ。いや、大した用じゃない。単なる物の受け渡しだ。
だから、用が済めばさっさと帰ればよかったのだが、せめて食事でもと欲かいて。
結果、私は大変に疲れることになってしまった。自分の軽はずみのせいとはいえ。

その時、何が起こったのかといえば、これまた情けない程大したことじゃなくて。
つまりは食事中、いつも通りに私ばかりが話題する羽目になったと。それだけ(笑
いや、それだけなんだけど、そんな精神状態なもので、滅法堪えてしまったのだ。
事前に状態の悪さを説明し、気を払えないと告げたのにと、腹立たしさも覚えた。

当たり前の話だが、いくら親しくても慣れてても、気を払わない関係なんてない。
これに反論する向きもあろうが、少なくとも私はそう思ってるし、そうしている。
奴にあっては、立場から率先して話題も出来まいと、私から話を振ることが多い。
だから、それが出来ないことで奴に徒に不安を抱かせてもと、予め断ったワケだ。

・・・・・。

理屈で考えれば、了解を得たなら、私も無理せずにいれば済む話だったのだろう。
私が寡黙にいても、それが自分のせいでないなら、奴もいつも通りでいいはずで。
が、その時のだらしない私の精神は、対面して黙々と飯を喰うのに耐えられずに、
無理して話し、無理して笑うなんてことをして、結果的に更に悪い状態に陥った。

「偶にはキミも喋ったらどうなの?」と無茶を言いたい気持ちを抑え、帰路につく。
帰宅して漸く息をつくも、やり場のない怒りが湧いてきて、どうも落ち着かない。
結局よせばいいのに、奴から定時のメールが届くやいなや、メッセで呼びかけた。
そう、よせばヨカッタ。この対話で、怒りは更に募り、失望すら抱いたのだから。

時まさに、前年奴に首輪を初めてかけた日で、それもあって負の感情が増していく。
そして殆ど感情が噴き出す感じで、ここに、奴には厳しい記事を掲げてしまった。
とは言え、衝動だけでそうしたのではない。特別な日だからと、自分を許してた。
もっとも、通常の記事の如く言葉を連ねるのは憚られて、誤魔化してみたけど(笑

・・・・・。

そうしたことで、確かに私的には随分と気が晴れたのだが、一方で後悔が始まる。
ひとつは、それまでの方針を自ら放棄して、感情を漏らしただらしなさについて。
ひとつは、やはり公開の場で、身の内の揺らぎを吐露した自らのみっともなさに。
あぁ今思えば、この意識こそ恥ずべきなのだが、当時は真剣に挽回しようとした。

そこで翌日には、慌てて”行儀の良い”(笑)私に戻り、この不始末を釈明にかかり、
相変わらずのカッコツケた言葉を並べ、自尊を保つべく、姑息な記事を掲示した。
更にはこの機に乗じ、一周年に期する奴へのエール(笑)まで掲げてみたりした。
この時点で私は、自身の不始末を濯いだばかりか、上手く道筋をつけた気でいた。

方や奴は、この流れをどう感じていたのか。改めて訊いてないので、わからない。
それでも、あれから一年、奴は自発的に話題を供するようになった。ありがたい。
奴の優れた隷性とは、具体的な「点」の指示については遵守するという従順さだ。
が、先のエールで示した「面」の指示は理解しきれずに、これが後の大失態を呼ぶ。
公開オナニー宣言、あるいは私信
前回、奴隷の躾を、己が知りもしない子育てになぞらえるという暴挙に及んだが、
ご覧頂いた方には不快なお心持ちを招いたやもしれず、改めて深くお詫びしたい。
ただこれは、弱音を吐くに惑って、せめて自分の慰めに天を仰いだようなもんで、
んもぅ根本的に違う次元の話だと充分にわかってはいる。ホント、ごめんなさい。

確かにDSの関係や両者間の愛情や感情は、親子間のそれと似ている部分はあるが、
明白に違うのは、その絆の絶対性だ。故に、両者の結びつきは比べるべくもない。
いつだって解消できる関係性に、どれ程の覚悟が期待されようか。答えは自明だ。
が、だからこそ諦めず絶えず努力を迫られることに、せめて意味を見たいと思う。

・・・・・。

とは言いつつ、折々の難儀に足掻く中で、私はあらゆる経験則を援用する他なく、
奴との仕儀を、親子関係だの仕事の上下関係だのにあてはめては、消化している。
いや、経験もせず、見聞きしたことから想像する勝手な解に縋ることも結構ある。
まぁ自身の未熟と、誰彼を仰ぐツテもないのとで、チカラワザをカマしてる次第。

もっとも、この身の内でどう足掻こうと、最終的に自身の気が済めばいいワケで、
勝手だろうが思い込みだろうが、誰はばかりなく思考をこねくり回せるとも言える。
が、それをこうして人目に晒すとなれば、如何なものかと流石に躊躇してしまう。
というか、非常に恥ずかしいことなんだね。殊に見栄張りなワタクシとしては(笑

でもま、露出なんてのは、恥ずかしいことだから敢えてヤるってのがキモだから、
ここはひとつ恰好つけず、こんなワタシを見て下さいッと羞恥にむせぼうと思う。
それに一連の思考を晒すうち、論旨は乱れる、矛盾は生じるで、既に恥ずかしい。
という訳で、これを公開オナニーと位置付けて、ひとまず誤魔化すことにする(笑

・・・・・。

さて、だってオナニーだもんと開き直り、かつ言い訳を拵えたので、以下清々と。
当人はきっと意識してるはずだが、本日はイリコに正式の首輪を与えた記念日だ。
そういうのに無頓着な私だってそれ位は憶えてて、だから昨今の記事があるワケ。
奴にはカライ事柄を書き連ねながらも、この一年を感謝し、労いたいと思ってる。

しかしだ。また新しい一年が始まって、それがこの一年の繰り返しでは困るのだ。
多少の進歩を認めながらも、ここまで述べた通り、私は今の状態に満足してない。
ということは当然奴だって、認めたくなくても、己の未熟を認めなくてはならず、
努力してたつもりなら、これを疑い、そうでないなら、改めて努力を求められる。

と同時に私側も、奴が充分に自省し無駄な努力に及ばぬよう、努めねばなるまい。
つまり、一年を経ても大した結果を得られてないのは、結局お互いの甘さに拠る。
伝えたつもり、解ったつもりの集積が、得られるつもりの結果を生むはずがない。
先の事件でこの点にも気づいたので、遅ればせながら今、軌道修正を図っている。

・・・・・。

事件後に奴に宛てたメールで、「当面、試行錯誤が続くけど堪えて頂戴」と告げた。
奴からは昨夜「メールでは、私が衝撃を受けるがためのご沙汰かと」と言ってきた。
あぁ惜しいな、微妙に違う(笑。これまで晒したことは、奴には既知のはずなのだ。
だから、同メルで図らずも「認めたくなかった事実」と表してるのが、正解に近い。

奴の予測通りこの公開オナニーは試行錯誤の一環だ。が、奴の認識はやはり甘い。
はっきり言って、私は奴に衝撃を受けて欲しいのだ。今までと違う様相の衝撃を。
奴は認めたがらないが、この手の厳しい話題はメルや口頭で折々伝えたつもりだ。
しかし、直に伝えられた衝撃だけが奴を支配し、理解を阻んだのではなかろうか。

それに、一対一の話では厳しいことも言うが、その一方でフォローもしてしまう。
加えて、どうしても説教じみてしまって、私側の感情や温度を伝える余地がない。
結果、奴は「怒りを頂いた」で目一杯となり、真剣に理解や努力をするに至らない。
そこで苦肉の策として、人目にはご迷惑な公開オナニーという手段に及んでいる。

・・・・・。

もっともこの試行錯誤で、私の未知なる露出癖が覚醒するとすればご愛嬌だワ(笑
ヒトか奴隷か
前回記事。改めて読み返せば、随分と極論に走ってるけど、今少し続けてみたい。
今回得た気づきに関しては、感情もあいまって、とにかく思考が錯綜してしまう。
嗚呼、私達の関係が金や力に負う必然の主従なら、こんな悩みはしないだろうし、
DSの関係でなく恋愛ならば、悩みはしても、解や方針を探るべくはなかろうに。

もちろん、どれ程悩み思考したところで、最適な解や方針が得られる保証はない。
あるいは、たかがDSなんてママゴトじみたことに、方針なんて笑止かもしれない。
それに人の間柄なんて考えても仕方なくて、流れの中で見えてくるものとも思う。
けれど、私は今考えたいから考える。てか、殆どオナニーだなと自分に呆れる(笑

・・・・・。

先頃やっぱりS女の友人と喋ってて、過日記事した”咥え煙草の男”に話が及んだ。
当時の落胆を思い出し、一頻り「ヒトとしてどうよ?」とブッたところで彼女が言う。
「けど、そういうヒトとしてどうよ?な男が奴隷やってるってのありがちだよね?」
あーそうだね。件の男も昔、5年も専属奴隷を務めたらしい。多分本当だと思う。

「余程奴隷として魅力があるのかしらね?人柄をさておいても欲しい、みたいな」
彼女はそう言葉を継ぐと、彼女の知る”ヒトとしてどうよ?”な奴隷の例を挙げる。
「まぁ人の好みや相性って、他人には計り知れないけどねぇ。でも、私はヤだな」
と相槌を打ちざま、ハッとする。人の事言えないや。意を得たように彼女が笑う。

「だいぶマシになったじゃん?こないだ会ってビックリしたよ。ご苦労さまー」
私とイリコの経緯を知る彼女は、そんな慰めの言葉をくれて、少し報われる気分。
ホントおこがましい話だけど、実は奴と関係して以来、そう願ってたものだから。
つまり、他者に隷属することで、他者に想像を致すことが出来るようになればと。

でもま、それは追々身につけばいい副次的な事で、まずは奴を奴隷たらんとした。
というか、ヒトとしてはどうあれ、奴の正に奴隷たる資質に私は惚れ込んだのだ。
「でも、普段使いする奴隷だったら、やっぱ最終的には人間性を見ちゃうよね?」
彼女の言を待つまでもなく、あぁもうその通り。身に染みた。だから悩んでる(笑

・・・・・。

さて、先から「奴隷扱い」と表してるが、これは字面ほどハードなものじゃない(笑。
まぁ、主側にある各人において「奴隷扱い」の様相は違うと思うけれど、私の場合。
調教ならともかく躾の場面では、無茶を言うことはないし、奴隷の言い分も聞く。
この躾は「自身の判断や思惑をいれず、言われた通りにする」を期して行うものだ。

言葉にすれば、馬鹿々しい程簡単そうで笑っちゃう位だが、これが意外と難しい。
特にイリコのようにプライド高く、自信に満ちた、根が勝手な人間にはキツイ(笑
いや、我が身を振り返っても過去の折々、自我を抑える訓練ってのは厳しかった。
しかし、これを会得してもらわないことには、奴を信用なんて出来るはずがない。

で、奴を奴隷にして以来、この躾を始めたものの、想像以上に難航してしまった。
なんでこんな簡単な事が出来ないのかと再々頭を抱え、徒労感に苛まれたものだ。
実は二年経った未だ、この躾が行き届いたとは言い難く、道程はまだ続くらしい。
この結果に自身の力不足を認めつつ、だからこそ、今の難関を甘受している次第。

・・・・・。

奴を躾る中で再々に、まったく不謹慎ながら、子育てってこんなかなぁと思った。
私は子を育てたことがないから、ホントに不埒で失敬な想像だと承知してはいる。
でも、思い通りにならずに挫けても、その存在は希望そのもので、また奮起して。
たまに成長ぶりが覗えて喜んだりね・・・専ら自分の慰めとして何度も思ったよ(笑

お陰で二年もの間、私たちは同じことを繰り返し繰り返しやってきたのだけれど、
あの時、ここにも過ちが見えたのだ。「奴隷扱い」は即ち人間性を殺ぎかねないと。
つまり、お仕着せの指示に従う中では、人らしい気を払う必要がなくなるんだね。
過保護な親が子をダメにするように、私こそが奴をダメにしているのだろうか?
ワタクシはヒトである #2
M専小説とか、殆ど妄想と思しき(笑)M魚の手記とかに登場する女王様は偉大だ。
あたかも歴史に名だたる女帝がごとく、恣意的に奴隷を扱い、また高慢に振舞う。
たとえ理不尽な怒りであっても奴隷にぶつけ、奴隷もまた自動的に謝るしかない。
どれ程の不条理も、女王様の名のもとに許されて、だからこそ奴隷は服するのだ。

この関係にあれば、互いの人間性を斟酌したり、「人として」気を払う必要はない。
女王様は女王様という生き物で、奴隷は奴隷という生き物なのだ。ヒトではなく。
だから奴隷が、その女王様に崇めるに足る魅力を見れば、それで関係は成立する。
そして往々に、その魅力とはまさに恣意的で高慢に振舞う態度だったりする(笑。

・・・・・。

女王様の象徴としてフィクションのそれを引いたが、現実にも存在するのは確かだ。
SMクラブの女王様は、その人とナリがどうあれ、いかにもな振る舞いで客に応え、
アマS女でも、DS関係は非日常のものと割り切って、互いの人品を問うことなく、
あるいは日常から人格が女王様(笑)なS女は、無理なく奴隷を扱ってるのだろう。

このいずれでもない私は、これらの女王様らしく振る舞える人達を羨ましく思う。
いや、羨ましがったところで、小心者の私には土台叶わぬ夢とわかってはいる(笑
奴隷の去就なぞ気にせずにワガママ放題やるなんて、素質もなきゃ、自信もない。
それでもDSに憧れる者としては、相互に人扱いしない関係にピュアを感じるのだ。

それに役目役割に徹した関係のほうが、はっきり言って楽だし、お互いのためだ。
実際、イリコ以前に奴隷と呼んだ者達とはそうした関係で、何の問題もなかった。
まぁ素質がないので、ワガママ放題とまでいかなかったけど、楽に振舞ってたナ。
これは恐らく、その各々とさほど緊密に関わらなかったから、できたことと思う。

・・・・・。

では、イリコとの関係において、今なぜ「人として」なんて命題を抱えているのか?
従前にならい、奴の上にヒトを見ず、「奴隷扱い」してればいいんじゃないか?
奴の思う私がヒトでないのはむしろ幸いで、堂々主ヅラしてればいいことだろう。
それを今になって、私にヒトを見よなんて言い出すのは、理不尽な話だとも思う。

実際今でも、私が奴との関係に期するものは、やはりDSの関係なのだ。明白に。
「人として」対等に付き合いたいなんて、露程も思わない。それは奴も同様だろう。
けれどあの事件で、少なくとも奴が、私をヒトと思わない弊害を思い知ったのだ。
それは、私が「人として」尊重されないこと。ま、ヒトじゃないから当然だけど(笑

もっともこれは、今まで見過ごしにしていたが、いつか露見する問題だったとは思う。
元々、人を尊重する概念に欠けた人間だと思っていた。だからこそ、奴隷にした。
逆説的だが、根が勝手な男ほど奴隷にするには好適なのだ。てか、ソソラレる(笑
だから、今更何をいわんやなのだ。自分に呆れる。やっぱ覚悟が足りないのかな。

・・・・・。

あぁでもしかし。私のヒトの部分が尊重されたがるのは事実だ。誤魔化せない。
殊に私の側は奴を奴隷扱いしつつも、人としては尊重してるつもりだから尚更に。
それに、これまでの奴隷たちと違って、奴とは日常的に頻々と関わっているので、
奴が奴隷に徹して、ヒトとしての私に想像を及ぼせないのは、正直堪えてしまう。

だから奴が私をどう見なそうと、そこだけはヒトの私を見て欲しいと切実に思う。
いや・・・奴にしても始終奴隷でいるわけだし、無茶を言ってるなという自覚はあり。
欲張りすぎだろうと己を諌め、勝手な自分に辟易ともし、自問自答が続いている。
ヒトを奴隷にするとき、主もまたヒトを捨てざるを得ないのか・・・未だ解は得ず。
ワタクシはヒトである #1
昨年暮れの事件で、私が得た気づきは”怒り”に関わるもの以外にいくつかある。
が、そのどれもが、DSの関係において「人として」どうあるべきかを問うものだ。
日頃私はお題目のように「SMでもDSでも、所詮人の関係だ」と繰り返してはいるが、
こう述べるに至る自身の認識に潜む大きな思い違い、更には傲慢に気づいたのだ。

随分前のことだが、「女王様としてこうあるべきという考えはあるか?」と訊かれ、
「自他のために誠実にあることで、ありのままを評価してもらいたい」と答えた。
この時既に現在へ続く錯誤があると承知しつつも、ここに今の気づきを見てしまう。
つまり、”ありのまま”とは何ぞやと。この二年の私は”ありのまま”だったのかと。

勿論、対人関係における”ありのまま”は、相手によって変わるものと理解している。
自覚する自身の”ありのまま”を、その間柄に則して加減しては、見せているものだ。
時に”ありのまま”でない建前を作り込む必要もあるが、納得してればいいことで。
そうして、この二年、私は奴に見合った”ありのまま”であり続けようとした。

・・・・・。

今となれば自己弁護に過ぎないが、実際私は、奴に見せている自身に納得してた。
信義にそって誠実にあろうとしたし、非日常な別人の自分を演出した意識もない。
もっとも、奴が、私に従うに価値を見出せるべく、ひたすら自分を律してはいた。
主が惑えば、従は不安に苛まれる。負の感情に惑うなど、主にはあるまじきだと。

あぁ、改めて言葉にしてみれば、なんて高慢で恥知らずな自意識を抱いたのだろう。
しかし、私の後を追うしかない奴にとって、それは錯覚するに充分だったはずだ。
そしてその錯覚は、慣れない「従」の位置に身を置き、自らに精一杯の奴にとって、
恐らくは、大いに縋るべきものであったろう。ここに、私たちの利害が一致した。

なぜなら私は奴に、人として理解されるよりも、主として傾倒して欲しいと願い、
奴は奴で、落込むとか泣くとか、そんな負の感情に揺れる主は見られないと請い。
かくして私は、必然に湧く負の感情を時に抑え、時に奴に見合う程度に加工して、
人としては随分といびつな”ありのまま”をこしらえては、奴に呈してきたのだ。

・・・・・。

とはいえ、納得してもなお、この方針をとる当初から一抹の不安を抱えてはいた。
このやり方では、形骸化した関係を招きかねず、親密な間柄を目指す障害となる。
だから、最初のうちはメールや電話で親密なコミュニケーションを図ったものだ。
が、日常に対話を重ねていると、時に負の感情が漏れて、奴を困らせてしまった。

全くだらしない限りだけど、ここで私は自分を見切って方針を変えることにした。
実のところ、ここに掲示板を持った理由のひとつは、まさに奴を巡る方針に負う。
奴の負担にならない程度に、私を多角的に見せて、私を感じてほしいと画策した。
つまり、間接的にであれ、私の人とナリや感情や体温を伝えたいと企んだワケだ。

しかしながら、この手段がどれ程に「人として」の私を奴に知らしめたかは疑問だ。
再開前の記事の殆どは、元々の見栄張りを映して「人らしく」なかったものね(笑
それに奴としては、やはり緊張しつつも直接に会う、行儀良い「主たる私」が全てで。
奴が「怒りを頂いた」と認識する時でさえ、私は声も荒げず、取り乱しもしないのだ。

恐らく当初の不安は的中したのではないか。奴の思う私は、多分ヒトじゃない(笑

・・・・・。

だから、事件後初めて奴に宛てたメルに、久しぶりに用件以外のことを書いた。
それも自分のことを。これまでは、書いても説教じみた話題ばかりだったのに。
勿論、あの時怒りを露わにしてしまった自身を言い訳したい気持ちもあった。
が、それ以上に、”ヒトとしてのありのまま”を、今こそ言明しようと思ったのだ。
なぜワタシは考えるのか?
昨今ウダウダと思考しているのは、何もアテなく哲学しているワケではない。
文中では「従」と表しているが、これは明らかに身近な奴隷のイリコ個人を指す。
奴と関係して二年、大事な縁だからこそ、絶えず思考してきた。その自負はある。
結果大きな破綻もなく来たが、昨年暮れのある事件が、私に気づきをもたらした。

はっきり言って「このままでいいのか?」と、二年間の思考に疑問が湧いたのだ。
確かに時の経過とともに得たものは多い。奴には大した変化を恵んだことだろう。
奴の変化を見るのは私の悦びでもあり、思惑通りに事が運んだ達成感も味わった。
しかし、何もかもがうまくいったはずもない。当然ながら、再々に失望を抱えた。

その度に苦言を呈し、叱りつけ、時に懲罰をもって、再びの失望を避けようとした。
しかし失意は繰り返される。そしてまた、前回と同様の懲戒と反省をなぞるのだ。
もっとも、この反復は端から覚悟してることで、呆れながらも諦めることはない。
根気よく付き合えば、いつかどうにかなるだろうと専ら自分に言い聞かせていた。

・・・・・。

あの時。私は初めて生々しい怒りを奴にぶつけたのだ。しかも人前で声を荒げた。
感情が溢れるのを制御できなかった。いや・・・抑えようと思えば出来たのだろう。
怒りを吐く直前まで逡巡したのを憶えている。そして、えいやと思い切ったことも。
言葉を繰り出しながら、早々に後悔が始まったが、どこか転機を予感してもいた。

その時の私は、奴がもたらした失望を三つも抱え、いつも以上にナーバスだった。
けれど、それは偶々の成り行きで、そのことに怒ってはならないと自制に励んだ。
いつも通りに行儀良く、感情を抑え、奴の失態を質すことに専念すればいいのだ。
冷静に奴の言を聞きわけ、肯定と否定を明確に言い下し、適宜指示すれば済む。

ところが間が悪いのは重なるもので、あるいは、私が神経過敏だったからなのか、
奴の受け答えの逐一に、刺々しい自己主張を感じてしまったから、さぁイケナイ。
私はこんなに自制してるのに、奴はそれをわかってないと思うと、苛ついてきた。
せめて誤魔化そうと軽口を叩いてみたり、笑ってみたりしたが、奴は依然頑なだ。

・・・・・。

この不幸な偶然が、私のタガを外したらしい。”今ここで”怒るしかないと発想した。
が、切羽詰った衝動ながら、そう発想した事に、我ながら驚き困惑してしまった。
なぜなら、それまでは、苦言一つにしても”いつ、どこで”に配慮していたからだ。
それは、些細なことで「石になる」奴と付き合うための知恵のようなものだった。

それに、専ら「主の怒り」に怯える奴のために、もちろん自身のカッコツケもあって、
「私は怒っている」と奴に表明したのは、この二年で僅かに二回と記憶している。
もちろん、細かく怒りを感じることはあったが、怒っても仕方ないやと諦めたり、
「がっかりした」なんて姑息に言い換えては、怒りの所在をうやむやにしてきた。

つまり、怒らないことを自分に課すのは、主ヅラする恰好の責務だったワケだ。
確かに怒りを抑えるのは難儀だけれど、そうする自己満足のほうが勝ってたのね。
ところがあの時、衝動に後押しされる形で、ソレデイイノカと自らに問うたのだ。
それで、従来の流れの中に大きな石を投じた。一種の賭けのような気分だった。

・・・・・。

思えば、私の人間関係うち、これほど真摯で親密で長続きした関係は元「犬」以外にない。
我ながら貧しいなぁとも思うけど、それが身の丈にあったところなんだろう(笑)
そして、元「犬」との歴史を思い返すに、やはりこうした転換点があったと思い至る。
気づけたなら、勇気をもって自らが変わればいい。これは、その時に学んだこと。

かくして、私は自らが変わり、そこに新しい方針を展望せんと、考え続けている。
それぞれの”怒る”事情
もう既にしっかり身に染みてるのだけど、SMのDS関係ってのは実に厄介だ。
巷にある上下関係が、血や金や死活に関わる力関係で成り立っているのに対し、
私たちのそれは、せいぜい性とほとんどが感情に基づく意思にすがるしかない。
だから、並みの恋愛とは趣を異にするけれど、恋愛並に不安定な関係性なんだね。

DSを目指す者は、滅多に得られない関係だからこそ、それを絶対と思いたがるけど、
特別な因縁なしに絶対なんてあり得ないから、当たり前に各々の言動に悩むのだ。
そして少しでも関係を良好に保つために、我彼の言動に気を払うのも当然のこと。
中でも、関係を危うくしかねない”怒り”を巡っては、やはり敏感になってしまう。

・・・・・。

先日記事の”地の底まで追っかけて問い詰めそうな”S女と話した折も折。
「私、貴女が怒らない理由を聞いて、目からウロコが落ちたのよぉ」と言い出した。
私の迷いを知るはずもない彼女が、そこに話題を取る偶然に驚きつつ、続きを聞く。
「今怒っても仕方ないことは怒らないって言ってたでしょ?」
あぁそういうことね。

そこで、「んーそうなんだけど」と前置きして、昨今の思考の成り行きを説明する。
と、またも彼女は、思いもよらない質問を投げてきた。
「怒るのが恥ずかしいの?」
私は一瞬絶句し、ようよう否定したけど、彼女の鋭い洞察に動揺したのは事実だ。
”怒りたくても怒れない”真の理由は、浅ましい自意識にこそあるのかもしれない。

そうなんだ。
私は明白に、怒りを露わにすることを”みっともない”と思っている。
怒りを抑えることが大人の所作で、あからさまに怒るのは行儀が悪いという意識。
あぁ理屈ではそんなバカな!と解ってるのよ。怒りを抑える傲慢にも気づいてる。
けれど、この意識が我が身を縛る。あたかも”人前で排便できない”的なレベルで。

・・・・・。

動揺しながらも、なお頑強な私の自意識は、もっともらしい説明で彼女に応える。
「奴隷って、怒ると石みたいに固まるじゃない?それで効率落ちるのが嫌なのよ」
いや、これは本当の話だ。
真の理由はともかく、実際問題としての怒らない理由。
私の場合、先の意識にも助けられて、理詰めで感情を抑制できるつもりでいるし。

が、怒りを表すに躊躇しない彼女は、どうやってこの難関を乗り越えてるのか?
それは以前からの疑問で、ここへきて漸く訊いてみた。
「石になっても怒るの?」
すると笑って彼女が言うことには「そうそう、なんで石になんのッ?ってまた怒る」
「そしたら石はどうなるの?」質問を継ぐとあっさり答えが返った。
「壊れるよ(笑」

私もつられて笑っちゃったけど、「壊れるよ」の意味を知るだけに恐ろしくもある。
「よくつきあえるわね?」呆れて切り返すと、「いや、大抵後悔してる」とまた笑う。
笑ってる場合かと思うけど、実体験を振り返るだに笑うしかないよなぁとも思う。
「だから、感情よりも効率が優先できるんだったらそうしたいよ」
彼女はそう結んだ。

・・・・・。

怒りによらず人に感情を伝えるとき、当然、伝わる相手じゃないと意味がない。
伝わるかどうかは、根本的な受容性と、それ以前に聞く意思をこそ問われるだろう。
殊に自分への怒りなんてのは、出来れば聞きたくないものだ。親しければ尚更に。
聞きたくない思いは自動的に聞く意思を殺ぎ、ひいては受容性も鈍磨させていく。

先の会話で、符牒のように交わされた「石になる」という状態は、これにあたる。
意思が能動的に聞くのを放棄するのではなく、怯えて自分の殻に逃げ込む感じだ。
更に「壊れる」というのは、殻の中に逃げてもなお攻撃されて、逆ギレする感じ。
この状態を招くと相当に怖い。私みたいなヘタレだと、渾身の精神力が必要だ。

相手が「壊れる」まで追い込める彼女は、間違いなく精神的にタフなんだろう。
同時に、そこまでされても彼女に従う奴隷もまたタフで、すなわちこれが相性か。
では、タフでない私はどうする?同様に、その私と反りの合う弱い従はどうする?
「石になる」を怖れてやり過ごせば、いつまでたっても「石になる」を免れない。

・・・・・。

「いい塩梅に怒るって難しいねぇ・・」
やっぱりな結論に、女二人で溜息をついた。
いまさら気づくパラドクス 〜怒るけど怒れない〜
先の記事で、自身が「怒りを伝えられない」と表現したけれど、
これはもちろん「怒らない」という意ではなく、当たり前に怒ることはあるワケで。
なので、意識して伝えてないつもりでも、言葉の端々や雰囲気で漏れ出しては、
明確に伝えないがために却って、相手に困惑や不安をもたらしてるのかもしれない。

・・・・・。

殊に相手が、私が与するDS関係の「従」だと、この懸念はほぼ前提としてあって、
更には、立場上私の言は言い下すことになるものだから、実の所かなり気を遣う。
物言う度に、「怒ってるわけじゃないけど・・・」とエクスキューズを欠かせない(笑
この時私が本当に怒ってるか否かによらず、まず相手の不安ありきの措置として。

そして、自己欺瞞でなければ、その殆どの場合、私は実際怒ってやしないのだ。
確かにこう前置きするのは、従にとっては耳の痛い、否定的な事を言う時だけど、
それらは、少なくとも私的には、単なる感想だったり意見だったりするんだね。
あるいは不具合を指摘したり注意したり・・・いずれにしても、根本に怒りはない。

が、いくら前置きしてもなお、従はそれらに「怒り」を見ては怯えてしまう。
その怯えは従の言動に影響し、結果、正常な意思疎通が図れなくなることが多い。
それで私はいよいよ細心の注意を払って、半ばおっかなびっくり物を言うのだが、
正直これは相当に疲れる。覚悟しても納得しても、疲れるものは疲れるのダ(笑。

・・・・・。

こんな状況なものだから、怒りを露わにするなんてもってのほかと思ってたけど、
実質的に怒ったことはあるんだし、とすれば、それは知らず漏れ出ていたんだろう。
しかも、私は自己満足的に怒りを抑えて振舞ってるつもりなんだから、酷い話だ。
その言動と裏腹に伝わる「怒り」に接し、従が感じた困惑や不安は容易に想像がつく。

つまり、本当に怒ったときに、それをきちんと伝えずにいた私のだらしなさが、
些細なことでも、従に「怒り」を想像させてしまう状況を招いてるのではないか。
加えて、更に私がだらしないことには、「怒り」を後になって明かしたりするので、
従としては、いくらその時「怒ってない」と言われても、気が抜けないのは当然だ。

これまで、怒ってもないのに「怒った」と認識される度に、私は苦言を呈したが、
翻って、怒ってるのに「怒ってない」とやり過ごした己の浅ましさに身が震える。
そこに「怒れば従の負担になるから」なんておためごかしの言い訳をしたところで、
怒った事実を伝えもせずに、怒ってない事実は信じろなんて、全く無茶な話だわ。

・・・・・。

確かに、「主の怒り」を最大に恐怖する従に、怒りを伝えるのは酷なことだと思う。
ひとたびそうすれば、従の身に、己の存在価値を疑う程の動揺を招くのは必至だ。
その動揺は心理的なものに留まらず、体調や言動にまで悪影響を及ぼしてしまう。
これは単なる想像でなく実際的な経験則で、だからこそ危惧し、怒れないでいる。

しかし、その結果を怖れて、「怒り」を遠ざけてばかりでいられるはずがない。
私が当たり前に「怒り」の感情を持つ以上、お互い様に乗り越えていかなくてはね。
私は「怒り」を適当に伝えられるように、従はそれを適当に見極められるように。
それがたぶん、今よりもっと誠実な向き合い方だと、漸く気づいたものだから。

・・・・・。

けどねぇ、この歳まで自分を甘やかして、ヘタレに育ててしまった私にとって、
この「怒りを適当に伝える」なんて人並みのことが、実は非常に難しかったりする。
従にしても、その特殊な立場にあれば、人並みの判断を働かせるのは難しかろう。
うわわ、大層なコト言ってみたけど、目指す道のりは遠いワネ。頑張りましょう。
ワタシがM男にフられる原因
随分以前に記事したのだが、私は自分からM魚をフったことがない。
まぁ親密になった数自体少ないので、殊更に言い募る程のことかとも思うけど、
それでもその全てにおいて、逃げられたか、ある日いきなり引導を渡されたか。
つまりは、すっかり相手都合で幕が下ろされ、私の都合は置いてけぼりにされた。

もちろん、関係を結ぶ以前、交渉の段階で断ったことくらいはあるが、
私が辿ったSM関係はお見合いを重ねてはご縁を探す次第なので、これは必然に。
その度自分なりに心を砕いてお断りしたつもりだし、当然、断られたこともある。
っが、ここでもバックレられたことが多い。先に記事したすっぽかされも然り。

ま、お見合いと言えど所詮世を憚る関係なので、しがらみから礼を払う必要もなく、
連絡を先延ばしにしてうやむやにするも、いきなりバックレるもありだとは思う。
けど、些少の関わりでもそうされる側としては、納得しててもグッタリするんだね。
そして親密な関係ならば尚更に、驚くし怒るし、何より激しく落ち込んでしまう。

・・・・・。

そんな話を半ば愚痴めいてS女の友人にしたところ、こう言われた。
「貴女なら、逃げてもフっても大丈夫そうって思われてるんじゃない?」
ナンダソレ?と思わず笑っちゃったけど、そんなこと考えてもみなかったので驚く。
「私だったら、地の底までも追っかけて問い詰めそうじゃん?怖いよぉ?(笑」

ソウダネェとまたも笑って返しつつ、内心、自分のヘタレぶりに思いをいたす。
確かに、逃げられても突然フられても、あぁそうですかと飲み込んでしまってた。
物分りよさげに騒ぎ立てないことを自分に課して、それで自尊をどうにか保った。
要はエエカッコシイなのね。これは別に非常時に限らず、もはや性格的な傾向だ。

当然、この傾向は縁が続いてる間もあるワケで、それが相手の行動を招いたのかしら。
何されても大丈夫そうな印象を与えたか、或いは鷹揚ぶってる足元見られたか(笑
とすれば、自分で自分の首締めてるんだわ。因果応報、誰を恨むわけにいかない。
・・・と相変わらずカッコツケて結ぼうとする自分が嫌だ(笑。もちょっと続けよう。

・・・・・。

改めて言うまでもなく、私は、何されても平気なほどに鈍感でも強くもない。
更に明かせば、人並み以上に恨みがましくあてつけがましい性向も自覚している。
なので、何かされたら、内省よりも先に相手を恨むし、あてつけたくもなる(笑。
だからこそ、それが漏れ出さないように、意識してカッコツケてるというワケだ。

その結果、恨み辛みはともかく、怒りさえ伝えらないヘタレに成り下がった。
いや、相手に表明できないだけで、よそでは愚痴てたりするから全く始末が悪い。
しかし改めて思うに、相手に怒りを伝えてれば、事態はかなり違ってくるはずだ。
適当に怒れないからこそ、恨み辛みが募り、よそで愚痴ることになるのだろう。

・・・・・。

私にとって、M魚との関わりは人間関係そのものだ。関係の如何によらず。
どうせSMの関係だから・・と軽んじることも、流してしまうことも出来ない。
だから、不幸な成り行きが身に降る度に、あれこれと自他を問わずに思考してきた。
それらの考察に私は折々救われたけど、根本的な自省はしてなかったのかもね。

あぁこの歳にもなって恥ずかしいんだけど、今更ながらにそう気づいてしまった。
勿論、これまでの考察が全て間違いだとも思わないが、そこに縋ってもいけない。
改めて自分を見つめる段階が来たらしい。

てなワケで、この手の鬱陶しい話題が続くかもしれず。
悪しからずごめんなさい。
ワタシのすっぽかされ事情 #3
その彼も、やはり前日の電話を最後に、約束の時刻を過ぎてもナシのつぶてで。
まぁそれでも、一度対面した女にそうするのは、余程の理由があるのだろうと、
それ以降、私のほうから電話をすることはなく、当然掛かってもきませんでした。
すっぽかされて確かに憤りを覚えましたが、それを責める程の関わりじゃないですし。

っと、こんな言い草だと、いかにも私が鷹揚で物分りのよい人間のようですが、
ソレは違います(笑。単にその彼への執着が薄くって、更に責めるを面倒がったと。
たった一度の対面でも強い執着を抱いてしまってたら、電話くらい掛けたでしょう。
それに物分りよさげにいても、それは自らが傷つかないための保身術でもあるワケで。



そんな成り行きでしたが、その後、テレコミで彼の伝言を再び耳にしました。
たぶん、私との約束を反故にした日から、そう時間は経ってなかったはずです。
しかし彼の言い分は、私と会うきっかけになった、以前のそれとは違っていました。
「普段は普通の人だけど、二人きりの時にはSになってくれる方にお仕えしたいです」

これを聞いた途端、私は失笑し、また脱力し、漸くにして合点がいったのです。
なるほど、先の対面で彼が目にした私も含め女たちは、”普通”じゃなかったのだと。
いや、バーの女王様はお仕事だからともかく、スーツ姿の私もそう思われたのだと。
それで、”普通”じゃない人を受け入れ難かった彼は、すなわち私をフったのだなと。

そう考えると、対面して以降の彼の行動が、するすると腑に落ちていきます。
次回の誘いを受けたものの、断るに怖じて、ついつい承諾してしまったことや、
果たす気もない約束に困って、結局連絡を断つことで難から逃れようとしたことが。
そして、全ての解に納得する一方で、またもやりきれなさを抱えてしまうのでした。

いえ、彼の言い分が変わったことに不服を覚えたとか、失望したとかではないのです。
私との対面で、彼が明確なビジョンを持ち得たことは、むしろ喜ばしいとも思います。
そして、”普通の人”にお仕えしたいという彼の願望も、充分に理解できるもので、
彼にしても、闇雲に女王様を求める段階を脱し、具体的に今後を探っていけることでしょう。



では、何をもって、私がやりきれない気持ちになってしまうのか。
それは、私が自身を”普通の人”だと思い、そうありたいと心がけているからです。
S女だからといって、いきなり乱暴な言葉遣いをしたり、無茶や無理を言ったり、
そういう人の道理を無視するような振る舞いはすまいと、常々思っているからです。

その彼との交渉や対面においても、当然”普通の人”でいたつもりだったのです。
がしかし、彼の感覚に照らすと、私は”普通”ではなかったのだなと残念に思いました。
もっとも、その時の彼にしてみれば、「女王様」に相対しているという緊張のあまり、
私の言動の全てが「女王様」ぽく、”普通”じゃなく見えてしまったとも想像できます。

それに、振る舞い以前に、私の容貌や雰囲気が”普通”でなかったのかもしれません(笑
こればかりは、彼の感性によるもので、私がどう足掻いても仕方のないことです。
が、自分自身では、さして「女王様」ぽい自覚がないので、何だか釈然としなかったり。
けどまぁ、そうであれば、自身についての誤認や認識不足に恥じ入るばかりです。



しかしながら、この経緯において、自身を”普通”に見えなくした一番の原因は、
「まともな感覚」を忘れて、いきなりSMバーに伴ったことだろうと改めて思います。
彼にとって、そこは正に異界で、そこへ連れ込む女なんてやはり”普通”じゃなくて、
そこでどれ程”普通”に振舞おうと、自分とかけ離れた異形の者に見えたことでしょう。


・・・と、これまた想像に過ぎませんが、こう理由付ければ少しだけ救われるのですね(笑
ワタシのすっぽかされ事情 #2
初対面の、しかもSMは初心者と伺ってた彼をSMバーに連れて行くなんて。
随分と乱暴な話ですが、とはいえ、その時咄嗟に思いついた事ではなかったのです。
首尾よくお目にかかれても、最終ご一緒することを提案しようと思ってました。
だって、そこには、彼がその存在を疑う「女王様」が実在してるのですから。

失礼な話ですが、私が彼に会おうと思った動機もそこにあります。
夢を諦めなければ、そして機会さえあれば、求めるものは見つかるのですよと、
しかも、彼の生きるほんの近くに、当たり前の人の形をして存在するんですよと、
お節介にも知らしめようとしたワケです。私との対面やそのSMバーで。

もちろん、彼が本当に女王様の存在を疑ってたかどうかは、わかりません。
或いはそれは、女王様探しに疲れて吐いただけの嘆息めいたものかもしれない。
それでも、自称S女の私や他の女王様たちとお話が出来れば希望が繋がるかしらと、
ただただ自分勝手な想像を巡らせて、独り善がりに予定を進めてしまったのです。



さて、会ったばかりの女に「SMバーに行こう」と言われてしまった彼ですが、
やはりM魚らしくS女の私に礼を払って、粛々と後をついてきてくれました。
道すがら、少しは会話を交わしましたが、きっと酷く緊張していたことでしょう。
自分の前を歩くのは初対面の女。しかもS女。行く先は聞くも恐ろしげなSMバー。

地下への暗い階段を延々降りて、ほの暗いライティングのエントランスを潜り、
中へ入ると、意に反してそこそこの客入り、その目が一斉にこちらに向けられて、
ママが「あらぁ」と親しげな声をあげ、男の客の何人かが恐縮したように挨拶し、
女の子が「新しい奴隷さん?」とお決まりの台詞を投げて、お約束で私も笑って。



あぁ、こうして順を追って言葉にしていくと、自分の軽はずみに眩暈がします。
賑やかしく振舞う私の傍らで、彼がどんな思いでいたのかは想像に難くありません。
しかし、その時の私は浅薄にもそこまで頭が回らず、いつもの調子でくつろいで、
彼の緊張に気も払わずに、あからさまなSMネタで盛り上がってしまいました。

今更の言い訳ですが、しかし、それすらも私の思惑には適ったことでした。
そのバーはSMバーといえど、女王様がホステスを勤め、専ら会話を楽しむ場で、
しかも彼女らは変に女王様を気取らず、人として正に等身大で話をしてくれます。
だから、彼が、私も含めた女王様たちと「人として」談笑できればと願ったのですね。

かくして、彼女らの気遣いのお陰もあって、彼も次第に打ち解けた風になり、
彼自身の願望について明かしたり、それについて他の者があれこれと質問したり、
私としては所期通りの”彼にとって有意義な時間”が展開されたと感じてました。
そして時刻も頃合に、「電車で帰りなさいね」と機嫌よく見送ったものです。



さて、ここまで。
遅れて来といて独りで帰すとは、なんとも失礼な話ですが、事情から致し方なく、
翌日には、せめてこちらから早々に、お詫びとお礼の電話を入れました。
すると彼も極々普通に礼を述べ、「ご馳走様でした」と仰るので、それを受けて、
「じゃ、今度お茶でもおごってね」と、その週末の約束を交わしたのですが・・・。

結局、これまたすっぽかされて、以後連絡が途絶えてしまったのです。
ワタシのすっぽかされ事情 #1
先の彼を諦めて後、伺ったバーはいわゆるSMバーで。
その手の店にとって、電車のある時刻なんてのはまだまだ宵の口で。
中に入ると、見知った女たちがくつろいだ風に客待ちをしているのでした。
唯一の客は、デイトの後に合流しようねと約束していた常連のM魚。

その光景に、私は、まるで我が家に帰り着いたかのような安堵を得て、
コートも脱がずにソファに沈み込んでは、先程までの事情を嘆いてみせました。
心優しいママは、そんな私を見逃して、オーダーとるのも先送りに頷いてくれます。
そして「それはヒトとしてどうかと思うよ」と私の思い通りの言葉をくれるのです。

道理のわかった信頼できるS女の彼女に味方してもらえると、本当に嬉しくて、
嬉しさあまり、「そうよね?そうよね?」と周りにも強引に同意を求めたりして。
調子に乗って、「あれって人のことナメてんのかしらねッ?」とぶちまけたりして。
まぁそんな感じで一頻り愚痴を吐き散らかして、落ち着いた頃合に気づいたこと。

「わたし、この手の事があると、ここへ伺ってるわよね?」
「あぁそうそう!前もあったあった!」 応えて、ママが楽しそうに笑い、
「ヤな事あると、ママを思い出すとか?」 同席していた女の子が合いの手を入れ、
「ここ来ると安心するのよねー」 私はお世辞ではなく、心からそう応えました。



けれど思うに、私にとっては安心できる場所ですが、そこはやはりSMバーで、
いくらSMを嗜好してても、知らない方にとっては恐ろしげな場所だと思います。
私もまた、初めてそういう場を訪れたときは、不安と緊張に震えましたもの(笑)
恐らくは、それが「まともな感覚」だと思いますし、誰彼にお勧めはいたしません。

ところが、時に「まともな感覚」を忘れてしまうことがあるんですね。
たぶんそのせいで、数年前、とあるM魚にすっぽかされた経験があります。
すっぽかした自体は、当然彼の側に非があると思いますけれど、
その結果を招いたのは、「まともでない」私だったのだろうと反省しています。



その彼と知り合ったのは、まだテレコミを使っている時分で、
「ボクは女王様を求めているが、本当に女王様なんているんだろうか?」
と切々と訴える彼の伝言に感応して、私のほうからコンタクトをとりました。
そして、電話から届く彼の声音や雰囲気に納得して、近日のアポをとったのです。

が、当日。私はどうしても仕事を抜けられず、彼を一時間も待たせてしまい、
しかも地下に潜っていたせいで、電話を受けるも掛けるもままならなくて、
漸く連絡できたときには、既に彼は帰宅の途につこうと駅構内にいるありさまで、
携帯で聞く彼の声からは、待ちくたびれた失意と怒りが伝わってきます。

慌てた私は平謝りに謝って、とにかく戻ってきて欲しいと頼み込みました。
この勝手な私の言い草に、ほぼ失望していただろう彼は半ば憮然と返事をして、
それでも、所定の場所に姿を見せてくれたのです。やはり怒ってる様子でしたが。
とにかくお詫びを言うも、そこは往来、時刻は21時過ぎ。さあどうしよう・・・。



そこで「どうします?」と彼に問えば、M魚の常で「お任せします」と仰るので、
お任せされちゃった私が採った選択が、今思えば過ちの始まりとなりました。
ええ、前述した「まともでない感覚」で、件のSMバーにお連れしたのですね。
しかも、その時の私は、それが彼にとっての最良の接遇だと考えていたのです(痛。
M男のすっぽかし事情 #2
こんな話題を散らかしながら、今更の懺悔ですが、
テレクラでふつーの男と遊んでた頃の私も、すっぽかしをしたことがあります。
それも、一度や二度でなく何度も(!)あああ、関係各位にはすみません〜〜

なので、今回の私方事情を、ざまぁみろと思われる向きもおいででしょうし、
実際自分でも、罰が当たったと思わざるを得ない身の上ではあります。
それに、こういう出会い方では、押しなべて男性のほうが割を喰ってるワケで、
前科のある女が、偶さかすっぽかされてガタガタ言うのは笑止な話とわかってもいます。

この記事をもって不快なお心もちになられた皆さまには、
深くお詫びするとともに、今しばらく話題しますことをお許し下さいますよう。



さて、身の不徳を恥じつつも、当時私が男をすっぽかした経緯を振り返ると、
不測の事態(例えば急の仕事など)が起きて、全く物理的に伺えなかった場合と、
ノリで約束してしまったけど、結局腰が上がらなかった場合がありました。
前者はともかく、後者については全くもって弁明のしようがありません。

もちろん、理由の如何なく、すっぽかす時の呵責は感じていました。
いくらテレクラ呆けした感覚であろうと、たかが遊びでしょ?と言い訳しようと、
相手方の時間と労力を無駄にして、期待を裏切ってはがっかりさせてしまうのです。
当時も私は、些少ながら同様の憂き目にあっており、それは切実に想像できました。

なので、携帯電話を持ち始めてからは、随分と救われたものです。
不測の事で行けなかろうと、気が乗らなくてそうしようと、ひとまず連絡がとれる、
少なくとも相手方の番号さえ伺っておけば、これ以上罪を重ねずに済むのです。
同様に自身も無駄骨を折るを恐れて、大抵はこちらの番号も告げることにしています。



確かに携帯電話は、こうした出会い方の確実性を高めたのですが、しかし、
今回の彼のように適時に掛けて下さらなければ、全く無用なものになるのですね。
それどころか、変に期待が繋がるだけに、すっぽかされて受けるダメージは、
携帯以前に比して、物理的にも精神的にも大きくなったように思います。

まぁ私方事情はともかく、なぜ彼には電話一本頂けなかったのでしょうか。
もちろん、電話すら出来ない、のっぴきならない状況だったと想像も出来ます。
けれども、彼は既に20代後半、社会で実務に携わってらっしゃる経験を鑑みるに、
土壇場で断るにしても、その一本の電話が最低限の礼儀であると理解してましょう。

なのに、それをして頂けなかった・・・再び、なぜか?と思考が走ります。
考えられる理由のひとつは、彼が私に礼を払う必要を感じてなかったということ。
今ひとつは、彼に何らかの悪意があったことですが、これは考えたくありません(笑。
そして最後の一つは、彼が「断るのを恐れて」そうしてしまったという理由です。



恐らくは、この最後の推測が当たっているのではないかと、私は思っています。
なぜなら、彼は、私との関係において「M側にある」ことを強く意識したはずで、
それはとりもなおさず、「自分から断ることが出来ない」というプレッシャーとなり、
ここに「断りたくても断れない」状況が生まれ、あの結果を招いたのではないかと。

そして、心苦しい想像ですけれども、こうしたM魚特有の心象は、
対面の約束を交わした時点で、既にあったのではないかとも思われるのです。



勿論、これらは私の中での想像でしかなく、
単に自身に都合のいい、いわば希望的観測なのかもしれません。
しかし、この考えに沿うと、彼に限らずM魚のすっぽかし率が高い事象や、
これまでに招いた彼らとの不幸な経緯が腑に落ちて、少しは気が晴れるのですね(笑)
M男のすっぽかし事情 #1
またもワタクシ、M魚にすっぽかされまちた。
ええ、初めての事じゃありません。しくしくしくしく。

心優しい皆さ