SM体験告白〜まいふぇばりっと責め
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[24] マゾになったわけ。(長文です) 投稿者:澤田 投稿日:2010/01/14(Thu) 16:05  

40代のものです。
なぜマゾになったかを投稿させて下さい。
マゾになるきっかけは、童貞を失った初体験にまでさかのぼります。
お話は2つの出来事があって、完全な真性マゾになりました。

【第一話】
僕が童貞を失ったのは、10歳の小学校5年生の時でした。
小学生で童貞を失うのはとても早いことだと思います。
しかし、これが僕をマゾの世界に誘うことになったんです。
あれは忘れもしない夏のある日でした。
家で留守番している玄関でチャイムがピンポンと鳴りました。

その時おませな僕は姉の洗濯かごに入っていた汚れた下着と姉の部屋にかけてあったセーラー服を身に着け自慰行為をしている最中でした。

僕はあわてました。
急いでセーラー服を脱ぐと、急いでシャツ、半ズボンに着替えて、あわてて玄関に出て行きました。

玄関に出てみるといつも来る保険のおばちゃんのタメさんが立っていました。
「お母さんいる?」
僕は「留守です。」と答えました。
それで帰ると思ったのですが、おばさんは「お留守なの?それじゃ今日は新サービスのご説明はできないわね。」
「それにしても今日は暑いわね。ねぇ、ぼく。休ませてもらっていいかしら。この年だからね。暑さは応えるのよ。」といかにもしんどそうにしていました。
オナニー行為を邪魔されたことにちょっとムッとしましたが、かわいそうに思って、タメさんを家に上げました。

「あら、ぼく、女物のパンツはいてるの?」
タメさんの突然の言葉に仰天しました。
よく見ると半ズボンのはき方が中途半端で思いっきりパンティが見えていました。
「まあ、ぼくったら、小学生なのに女性物のパンティ好きなの?」
「いいえ、ぼ、ぼくあ。。。」恥ずかしさで顔が真っ赤になり、それ以上言い訳もできませんでした。
「まあ、かわいいのね。ぼくは子供だとばかり思ってていのに、女の子に興味持ってきたのね?おませさん。」と言うとクスクス笑い出しました。
もう僕は穴があったら入りたい心境でした。

「ねえぇ、ぼく? 女の子のこと教えてあげようか? さあ、おばあさんにぼくの生まれたままの姿を見せておくれ。女の子のこといっぱい教えてあげるわ。」というとタメさんの手がシャツに伸び、脱がせてしまいました。
「まあ、ぼくったら、ブラジャーも身につけてたの?」
シャツの下はブラジャーをつけたままだったのです。はずしている暇がなかった。
「まあ、小学生のうちから女性下着好きなのかしら。」そう言ってまたクスッと笑うと、ズボンに手をかけたかと思うと一気にズボンも引きずりおろしました。
「まあ、かわいいパンツ。誰なの?」
「あ、姉のです。」もう僕は顔が真っ赤です。

タメさんは僕のパンティをはいた股間をしげしげと見つめると一気に足元待て引きずりおろしました。
僕の性器は丸出しになりました。
するとどうしたことか僕のペニスはむくむく大きくなってきました。
僕より60歳も年上の70歳のタメさんを前にあそこがそそり立ってくるのは自分でも理由はわかりません。

「まあ、なんと立派なの?ぼくは本当に小学生?」というとタメさんは僕の一物をぱっくり口にくわえると舌で僕のペニスをぺちゃぺちゃ音を立てながらしゃぶり始めました。
70歳のおばあちゃんの舌が僕の亀頭を何度もなめまわしました。
今まで感じたこともない快感がその時、僕の体を駆け抜けました。

「ああ。」僕は思わず快感の声を漏らしてしましました。
するとタメさんは僕のペニスから口を離すと「さあ、今から女を教えてあげるわ。」というといきなり僕の腕を引っ張り床にあおむけに寝せるとタメさんもスカートをまくりあげ、パンティを一気に脱ぎ捨てました。
そこには黒々としたヘヤ(今から思い出すと、陰毛を染めていたのだろうかか?髪の毛も黒々としていたから。)の生えた女陰部が僕の目の前に広がっていました。
汁の垂れて濡れている、黒ずんだピンクのしわしわの割れ目が僕の目の前に迫ってきました。
「ぼく、これが女のおまんこよ。よく見ておくのよ。」というと僕の顔の上に、口元におまんこが当たるような位置でどっかと腰をおろしました。
強烈な異臭が僕の鼻をつきました。チーズが腐ったような悪臭でした。鼻が曲がりそうでした。
でも臭い!とは言えませんでした。
もう僕はなされるがままです。
「さあ、ぼく、おばあさんのおまんこを舐めて。さっき、ぼくのちんちんおしゃぶりしたでしょ?今度はぼくがおばあさんを喜ばせてね。」
「臭いのね?ここ2、3日お風呂に入っていないからね。でもそれが女の匂いなのよ。鼻で女を覚えるのよ。」というと鼻が曲がりそうなほど臭い匂いに耐えながら一生懸命舐めました。
「ああ・・・」感じているのか、70歳のおばあちゃんとは思えない程セクシーな声が漏れてきました。

「よくできたわ。とっても感じたわ。さあ、ぼく、童貞でしょ?今日はぼくの記念すべき童貞喪失の日よ。」というと、僕の顔から腰を上げ、そのまま激しく勃起しているペニスを自分のおまんこに導き挿入していきました。
オナニーでは感じたこともない快感が体を駆け巡りました。
爆発寸前だったので、挿入とほぼ同時に射精してしまいました。
「あら、もう出したの?小学生って早いのね。」とクスッと笑うといタメさんは「このことは二人だけの秘密よ。」というと何事もなかったかのように服をなおすと、そっと出て行きました。
世界広しといえども、初体験の相手が60歳も年上のおばあさんという人はいないでしょう。
老女に小学生だった僕が強姦(ちょっと表現がきついでしょうか?)されるという、この異常な体験がマゾへの伏線になりました。

【第二話】
信じられないような初体験をした僕ですが、初調教も信じられない体験でスタートしました。
高校1年の時の担任は53歳の中年の女性国語教師でした。名前は早智子先生と言いました。女性教師から調教されたのが初調教となりました。これも普通じゃないですよね。

早智子先生はいつでもブラウスにタイトスカート。通勤時はいつも黒革のハイヒール。いかにもこわもての女教師でした。

厳しい先生で、体罰もいとわない教師でした。
授業中私語でもしていようものなら名指しされ立つように命じられるといきなりビンタが生徒に飛びました。
僕も何回かビンタされたことがあります。
ほかの生徒はやりすぎだよとか体罰は時代遅れと陰で怒っていましたが、ぼくは不思議と甘美な感覚があって、ビンタされるのは消して嫌ではありませんでした。
ただ、進んでビンタされたいとも思いませんでしたが。

その事件は1年生の2学期に起こりました。
その日、早智子先生の宿題を忘れてしまいました。
「まずい、またビンタだ。」と覚悟して授業に出席したのですが、早智子先生は「宿題忘れたの?放課後、職員室にきて。そこでたっぷりお説教するからね。」と言われました。
正直まずいことになったぞと思いました。
職員室に呼ぶということはきっとビンタじゃすまない。

その日の放課後、半ばあきらめ境地で覚悟して職員室に入りました。すると早智子先生が帰り支度していました。
「あれ、放課後に職員室に来いというはなし、忘れているのかな。」と思いました。
「澤田君。今から私の家に来なさい。そこでたっぷりお説教します。宿題を忘れるのは罪です。」と言うとさっさとバック片手に職員室を出て行きました。
呆然とそれを見ていると、「澤田!なにぐずぐずしてるの?早く付いてきなさい!」
僕は怒鳴られ、あわてて早智子先生の後を付いていきました。

早智子先生の家に着くとすぐに上がるように言われました。
居間まで来ると早智子先生はどっかとソファに腰をおろしました。
僕もつられて反対側のソファに座ろうとしました。
「澤田!誰がソファに座っていいといった?」という怒声が僕に向かって襲ってきました。
「澤田。宿題いつも忘れてきて。私をなめてるでしょ?今日は徹底的に君の性根をたたきなおすわよ。」
僕はそう言われて怖くなりました。
この先生は一体僕をどうするつもりなのかと。

「さあ、着ている服を全部脱いで、私の目の前に正座しなさい。」と命じました。
その気迫に押され、僕は言われるがまま学生服を脱いでいきました。
「澤田!誰がパンツをはいててもいいと言った?全部脱げと言ったわよね?」
僕はその迫力にあわててパンツも脱ぎました。
そして思い出したようにあわてて先生の目の前に正座しました。
担任の女性教師に男の恥ずかしい部分を見られているという恥かしさと悔しさ。それと先生を怒らせたという恐怖感で頭は大パニックでした。

数分後に早智子先生は縄を持って来ました。質問の間も与えず僕を後ろ手で縛りあげ、正座している両足もそれぞれ太ももから縛りあげ、手足の自由があっという間に奪われてしまいました。
「今から折檻します。逃げたり反抗したりできないように縄で手足を縛ったわ。」
縛られた経験は初めてでした。

この屈辱的、恐怖の状況なのに僕のペニスはいきよいよくそそり立ち始めました。
「まあ、今から折檻受ける君が何でここを激しく大きくしてるの?反省していないでしょ?」というといきなり往復ビンタを何発も僕の顔面めがけて浴びせてきました。
ビンタのたびに僕の顔は右に左に方向を変えました。

今度は黒のパンティストッキングをはいた足で僕の胸を思いっきり蹴りました。
おかげで僕は床に手足が不自由な状態であおむけに倒れこみました。
すると間髪入れず早智子先生のストッキングをはいた足が僕の顔面踏みにじり始めました。
「澤田!お前は私を馬鹿にしてるだろ!宿題は忘れるわ。罰のビンタもヘラヘラして!。」
早智子先生は本気で僕に怒っているように見えて恐怖を感じました。
早智子先生からこのまま殺されるかもしれないと。

僕の顔面は早智子先生の体重のかかった足で完全にひしゃげてしまいました。
僕の頭蓋骨がみしみしいっているのが聞こえました。
足のすえた悪臭が鼻につーンとしみました。
「澤田!お前はなぜ、これだけ激しく折檻しているのにここがそそり立ってるの?」というとまさに憎しみをこめんばかりの形相で今度は僕のそのそそり立つペニスを踏みにじり始めました。
「何よ!人を馬鹿にしているの?」早智子先生は僕のペニスを踏みにじりながら、僕の顔面につばを何度も吐きました。
みるみる僕の顔面は早智子先生の唾液だらけになりました。唾液は僕の両目にも入ってしまい、痛くて目も開けていられなくなり、苦痛に顔をゆがめてしまいました。

「澤田!先生を馬鹿にするんじゃないよ!」
早智子先生の足での激しいペニスと睾丸への踏みにじりで、ついに早智子先生のストッキングをはいた足裏に射精してしまいました。
「澤田!お前、私に足の裏に何を引っかけたの?汚らしい!」というと僕のザーメンがたっぷりついた足裏を僕の顔に持ってきて僕の口の中に足のつま先からねじ込んできました。
「さあ、きれいにしなさい。先生の足を汚したでしょ!」
早智子先生はさんざん僕の口の中を足で蹂躙して気がすんだのか、口から足を離すとそのまま居間を出て行きました。
しばらくして戻ってくると早智子先生の片手に上の部分が泡立ったコハク色の飲み物の入ったコップが握られていました。
最初はビールでも飲むのかなと思いました。
「さあ、澤田!今日の折檻はこれで最後よ。これを飲み干しなさい。残したり、吐き出したら承知しないわよ。」というと僕にそのコップを手渡しました。
最初は冷えていると思ったそのコップは生暖かな感触がしてちょっと驚きました。
そして飲もうとコップに顔を近づけたとき、まさかと思いました。
しかし、先生の命令です。僕はコップを口元までもって来るとあまりのまずさに吐きそうになりましたが、気合いで一気に飲み干しました。
量が少なかったため、何とか飲み干せました。
塩っ辛くて、とても人間ののめる代物ではありません。
「澤田、どう先生のおしっこの味は?」
「えっ?お、おしっこ!?」
驚いて、目が点になりました。
「先生の排泄物の味はどうと聞いてるのよ?」
早智子先生は勝ち誇ったような人を見下したような顔でさらに聞いてきました。
僕はまた先生を怒らせてはまずいと思い、心にもなく「はい、おいしかったです。」と答えてしまいました。
「何言ってるの?おしっこはまずいでしょが。人間の口にするものではないわ。だから折檻でおしっこ飲ませたのよ。」
幸い何とか全部飲み干せました。やはりおしっこ飲みは折檻です。きつかった。
「先生から折檻やおしっこ飲まされたくなかったら、先生をなめるんじゃないわよ。」

この事件の後、僕は女性からいたぶられて興奮するマゾ。早智子先生は自分の男子生徒をいたぶることに快感を覚えるサドであることに気がつきました。

当時離婚して独身だった37歳年上の女性教師と関係し、お互いにSM関係を発展させていったのは言うまでもありません。
女性からビンタされる苦痛と屈辱感。女性の足で顔、男性器を踏みつぶされる屈辱と苦痛。女性から顔面につばを吐きかけられる屈辱。女性のおしっこを飲まされる屈辱。女性から全裸にされ両手両足を縛られ、自由を奪われる屈辱と恐怖感。女性のお尻の下で窒息させられる屈辱と苦痛。女性から革のベルトで鞭うたれる苦痛。それらの屈辱感、苦痛を快感に変えてくれました。
先生から眠っていたマゾの素質を大きく開眼させていただきました。
この関係は高校を卒業し、大学入学で上京するまでの2年半続きました。

以上長々とすいません。
この2つの経験が僕がマゾヒストになったきっかけです。


[23] SM雑誌で誌上調教 投稿者:洋子 投稿日:2009/09/27(Sun) 13:33  

 90年頃の話です。当時のご主人様の命令で、私は、
当時発刊していてSM雑誌の「誌上調教」に応募し、男性
数人に弄ばれ、挙げ句の果ては、浣腸され脱糞に至るまでの
醜態を雑誌に晒しました。
 当時は20代も後半でしたが、私は14歳で処女を失った
ときから、変態奴隷の調教を受けていたもので、露出にも、
浣腸にも耐える自信はありました。
 でも、多くの書店に私の恥ずかしい恰好が掲載されている
写真が並び、それを男性達が眺めていると思うと、恥ずかしさがこみ上げてきます。発売されていた時期は、周囲の男性が
皆、「ビール瓶をおま○こに刺してる写真、洋子さんじゃない?」と声をかけてくるような錯覚にとらわれていました。
 あの頃はまだ、陰毛まで墨が塗られていました。今なら、
もっと恥ずかしいところまで見てもらえるのにと悲しい気持ち
にもなりますが、50代を間近にした今ではもう、自分の
体に自信がありません。
 思えば、私の人生では、このSM雑誌に出ていた時代が
一番光輝いていたように思えます。
 若い変態の女性には、是非勇気をだして、恥ずかしい姿を
世の中に晒してほしい。きっといい思い出になりますよ。


[22] test 投稿者:yuina 投稿日:2008/09/25(Thu) 07:41  

tset


[21] 強制露出 投稿者: 投稿日:2007/01/15(Mon) 00:06  

ある日のプレイです。
いつものとおり私は主様をお待ちする準備・・脇と陰部、脛の剃毛、お尻の洗浄を済ませてラブホテルの一室のドアの前で正座をして主様がお見えになるのをお待ちしておりました。
当時は現在のように逆オートドアの設備が普及していなかったので主様はドアを開けられて私を見下ろされるとお御脚で私の頭を踏まれました。
ご機嫌麗しからずと悟った私はこの度のプレイは厳しくなるかもと不安と期待に股間を興奮させて主様の言葉を待ちました。
「お前、今日は私はお前と遊んでいる暇はないのよ。なのにお前はどうしてもって言ったって・・・お前何様のつもりなの!
どうしようもない変態に私の予定を・・お礼を言いなさい!心を込めて!伝わらなかったら(気持ちが)私は帰るからね!私は店なんかどうでもいいんだから!(彼女はクラブにスカウトされて性癖も一致されたので在籍されていた方でした。一部上場の社員でいらっしゃる彼女とプレイする機会は限られていました。)
「本日は私のような変態のお相手をして下さるためにお越しいただきまして心から感謝申し上げます。ご存分に嬲ってくださいませ。」
とご挨拶を申し上げました。
「わたし、今日は仕事があるの。お前は目障りだから外で楽しめば。」
彼女はそう告げると土下座した私を麻縄で縛りはじめます。
腕は後手の高手小手、脚は伸ばせないように股縄に繋いでうつ伏せの状態に固縛するとバッグからフェルトペンを取り出され私のお尻に記されました。
「これで私が相手をしなくてもお前は充分満足できるわね。じゃあ楽しませてもらいなさい。」そう告げられた私はドアの外に引き出されてドアのノブに首輪から伸びる鎖を止められてしまいました。


[20] 家族の一員から奴隷に転落6 投稿者:女装マゾ 投稿日:2007/01/03(Wed) 19:51  

僕が粗そうをして手足を縛られ床に転がされていた時の事。「ねぇママ?何でマゾ夫は家族みんなからイジメられてるのに反抗したり逃げたりしないの?私なら自殺しちゃうかも。」「マゾは辱められることで喜びを感じる生き物なのよ。」「でもマゾ夫メソメソ泣いてるよ?ホントは辛いんじゃない?」「フフ、美麗はもう中3だからオチンチンの仕組みは知ってるわよね?」「ウ〜ン何となくは。Hなこと考えて興奮するとおっきくなるんでしょ?」「まぁそうね。マゾ夫のオチンチンが今どうなってるか見てみる?」「ゴクッ、ウン。」母が僕の穿いてるショーツを下ろします。「固くなってるでしょ?喜んでる証拠よ。」「でもちっちゃいよ?小学生の従兄弟の優くんと同じくらいじゃない?」「フフフ、マゾ夫はこれでも精一杯おっきくなってるのよ!」「えーじゃあいつもは優くんよりちっちゃいの?」「そうね、ポークビッツくらいかしら(笑)」「えー!高2なのに?(笑)」「ほら見て?ヒクヒクし始めたでしょ?妹にオチンチン馬鹿にされて興奮してるのよ。情けないでしょ?」「ホント変態ね!少しは同情して遠慮してたけどこれからはもっとイジメちゃおうっと!」そして妹が僕のペニスを指で弾きはじめました。アアッ〜。「美麗?そこらへんにしておきなさい。興奮させ過ぎると調子に乗るから。」「ハーイママ。」妹にスン止めされてしまいました。


[19] 拘束放置 投稿者: 投稿日:2007/01/02(Tue) 11:47  

思い出のプレイです。
結婚を機にMの性癖(願望)を断ち切ろうと当時通っていたクラブのパートナーにお願いして拷問責めを施していただきました。
パートナーの下着を口に押し込んでいただき言葉を発せないように厳重な猿轡を施していただいてからそのプレイは始まりました。
お尻にそれまでに挿入できた大きさ(4cm¢)より一回り大きなプラグを無理やり挿入され股縄で抜け落ちないように固縛され両手首を縛られて吊るされてこれまで経験したことない一本鞭による責めの始まりです。
最初の一打でこのようなプレイをお願いしたことへ後悔しましたがパートナーへ伝えることが出来ません。
それどころか思いっきり鞭を振れる喜びを堪能なさっている彼女は思いっきり鞭を振り下ろし続けます。
50打までは数えれたのですがそれ以降は覚えていません。
涙が止め度なく流れ、早く終わってくれることだけを祈っていました。
打たれるたびに肉を刻まれるような痛みにこんなに辛いことを願望していた自分を呪いながら。
結局パートナーの鞭を振る腕が疲れるまで打たれました。

彼女も鞭打ちを堪能できたので満足した様子でしたが私がお願いした拷問プレイにはまだ足りないと思ったのか私の姿勢が崩れないように股縄に縄をかけて全身をがんじがらめに拘束しました。
そして私の乳首に錘付きの強力クリップを付け、萎えていたペニスに針を刺します。
それからが地獄でした。
彼女は私の前でプレイスーツを脱ぎ全裸になると私を興奮させるような仕草をはじめます。私の萎えたペニスは勃起しはじめます。すると萎えた状態で刺されていた針が尋常でないほどの痛みを発するのです。亀頭に刺された場所からは血が滴り直ぐにペニスは萎えてしまいました。
彼女はそれを見て笑うと全裸のままソファに座りテレビを観ながらお酒を呑みはじめました。
私は鞭痕の痛みと身体に喰い込む麻縄の痛み、乳首が潰されていく痛み、ペニスに刺された針による痛み、お尻に挿されたプラグの裂かれるような異物感を同時にあじあわされながら彼女にお許しの眼差しを向けるしかなす術がありませんでした。
彼女はお酒を呑み終えるとお風呂とトイレを済まされベットへ入られました。
そしてそのまま眠りに就かれました。
私はそれから5時間にわたり二度とSMはしないと誓いながら彼女が目覚めるのを待ちました。
プレイが終わったのはプレイ開始から7時間後でした。
拘束を解かれて乳首のクリップを外された時には大声で絶叫してしまいました。ペニスは針を抜かれてもどす黒く萎縮したままでした。プラグを抜かれたお尻はしばらく括約筋が機能せず異物感は数時間続きました。身体は鞭による内出血と麻縄の縄痕で無残な模様が記されていました。
彼女はお別れにと乗馬鞭で私のペニスをさようならと5回打ち据えたあとバスルームへ私を引きずっていくと全身に聖水を降り注いでくださいました。
その日のプレイの傷跡は完治するのに二ヶ月費やしました。

その日から8年になりますが再びMの性癖が蘇ってきつつあるこのごろです。





[18] 家族の一員から奴隷に転落5 投稿者:女装マゾ 投稿日:2007/01/01(Mon) 21:05  

旅行の帰り「マゾ夫!お前臭いんだよ!車乗せられないから置いてくぞ!」父から非情な言葉を浴びました。「そんな〜」僕は一週間下着も体操服もブルマも同じで異臭を放ってました。「そうね、車内で気持ち悪くなるし。」母が続きます。これが実の父母の言葉でしょうか?僕はショックでした。「お願いします。どうか車に乗せて下さいませ。」父母と姉妹に土下座でお願いしました。「どうしようかな?」「美麗?マゾ夫に下着と何か服をお下がりしてあげたら?」「え〜また私?ヤダ〜お気に入りばっかだもん。お姉ちゃんは?」「私も嫌よ!」「しょうがないわね〜じゃあ一番臭う体操服脱がして私のテニスウェアを着させるわ。洗ってないけど。」「ありがとうございます。」母に土下座しました。母のテニスウェアの上着に下はブルマです。「せっかくだからスコートも穿かせたら?」「そうね!」という訳で全身母のテニスウェアでの帰宅となりました。「あら?マゾ夫似合うじゃない(笑)」ペロッ、妹がスコートを捲りました。「イヤン」僕は思わず口走りました。「イヤンだって気持ち悪い!コイツいっそのこと女にしちゃおうか(笑)」「それも要検討ね(笑)」


[16] 家族の一員から奴隷に転落4 投稿者:女装マゾ 投稿日:2007/01/01(Mon) 17:31  

夏休み、父の知人が所有する避暑地の別荘に家族で行くことになりました。僕は留守番かと思ってたら連れて行ってくれました。家族皆がお洒落する中、僕の格好は妹のお下がりの体操服にブルマでした。ワンボックスカーで運転は父、助手席に母、二列目に姉妹・・・三列目は潰しカバンが置かれ僕はカバンと一緒に座らされました。僕にカバンはありません。手ぶらです。別荘に着き、皆がくつろぐ中、カバンを運ばされました。滞在中はテニス三昧との事でした。父母そして姉妹四人はテニスが趣味なのです。少しくつろいだ後、皆がお揃いのテニスウェアに着替えました。姉妹も母もスコート姿です。アァ母にスコート姿で顔面騎乗されながら姉妹に脚でイジメられたい・・・そう思うのでした。両親と姉妹はお揃いのテニスウェアでバッチリ決めた一方僕は妹のお下がりの体操服にブルマと惨めさが強調されます。四人がテニスを楽しむ一方僕は球拾いをさせられました。ブルマ姿での球拾いはホント惨めでした。もっと惨めだったのはブルマ姿でコンビニに買い物に行かされた時でした。避暑地をブルマ姿の男が歩いてる姿は滑稽でした。一週間ブルマ姿での球拾いと買い物の日々が続きました。また、下着も体操服もブルマも一週間同じもので惨めさが増してゆくのでした。


[15] 家族の一員から奴隷に転落3 投稿者:女装マゾ 投稿日:2007/01/01(Mon) 16:46  

ガヤガヤ・・・「ただいま〜。あ〜美味しかった!」「また行こう!家族五、あっ!四人でね!」「一人分浮くとデザートが買えて良いわね〜」家族が帰って来ました。僕に聞こえるように皆が楽しげに会話します。「さぁ、コーヒー入れてケーキ食べましょう!」下着女装緊縛で床に転がされた僕を無視して家族団欒のデザートタイムが繰り広げられてます。屈辱で涙が出ました。「さて、食べ終わったし。マゾ夫!片付け!」手足首がほどかれ皆の食器を片付けさせられました。台所で食器を洗ってると居間から楽しげな笑い声が聞こえてきました。昨日までは僕もあの中にいたのに・・・後悔しても後の祭りです。「マゾ夫の部屋片付けしてたらこんなの出てきたのよ(笑)」「何これ?ミストレスって?」「私も初めて見たんだけどこんな雑誌があったなんてビックリ。2000円もするし。」「高〜い。マゾ夫これ見ながらオナッてたんだ?ホント変態だね。」「ヤダーこの人女のオシッコ飲んでる!」「マゾ夫こんな願望あるんだ?今度やってみようか?」僕が隠してた女王様雑誌を広げ皆で話してる声が聞こえてきました。僕の秘密の性癖が次々明らかにされてゆきます。


[14] 家族の一員から奴隷に転落2 投稿者:女装マゾ 投稿日:2007/01/01(Mon) 15:52  

僕の生活は一変しました。まず、僕の部屋は無くなり勉強道具以外は処分されました。家の中では母、姉妹のお古の下着、ストッキング姿で生活。食事は母が作りますがそれ以外の家事は僕の仕事。食事は皆が終わってから残り物を与えられる。学校以外の外出は禁止。皆を様付けで呼び敬語で話す。風呂は最後。トイレは許可を得てから。射精禁止。等等、両親と姉妹の協議で決まりました。両親より姉妹がノリノリで様々なことが決まって行きました。その間、僕は下着女装姿で正座しながら聞いていました。一つ一つ決まり事が増える度うなだれ、涙を流すのでした。そして僕の呼び名がマゾ夫に決まりました。そして両親と姉妹は家族の再出発記念に外食に行きました。僕は、手足首を後ろで縛られ床に転がされ留守番です。ここで残酷なことが起きました。母と姉妹がおもむろにショーツを脱ぎ僕の頭に被せたのです。三人のナマ温かいショーツ・・・奴隷の身分を思い知らされました。


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