Masoch's Diary

初めてのクラブ体験 Masoch M年表(前編) Masoch M年表(後編)
SMの基本について 想い出のSM誌 夢のプレイ
クラブ体験記 A 想い出のSM誌(SMセレクト) クラブ体験記 B
クラブ体験記 C クラブ体験記 こぼれ話 クラブ体験記 D
     

Masoch M年表(後編)

VI.クラブ通い (1983〜1987年)

大学を出て就職し、それまで住んでいた郊外の実家から都心に移り住み、1人暮しを始めた。忙しくなったが、1人暮しの気楽さがあった。復活したM性を確かめるためにはクラブを訪れるしかないと思い、 24歳の時初めて都内のある老舗のSMクラブを訪れる

たまたま当たった2〜3歳年上の女王様は良い意味で老舗のクラブの女王様としてのプライドをおもちの方で、とても丁寧に調教して下さった。またこちらが初めてだということで、、たとえば強制オナニーのあとコンドームをきちんと結わえてティッシュで包んでごみ箱に捨てるなど、奴隷としてのマナーも色々と教えていただいた。

(その時の ちょっと面白い話として、手枷と鎖と滑車で両手を吊るされて爪先立ちにされ、背中などに蝋燭を垂らしていただいている最中、どんな SM雑誌が好きかと聞かれ、「『SMセレクト』が好きです」とお答えしたところ、『セレクト』のことはよくご存知ではなかったらしく、「『(SM)マニア』なんか(M女の)写真がきれいね。でも、うちはちょっと落ちるのよ。『スナイパー』なのよぅ」という会話があったことを今でもよく覚えている。)

初めてのSMプレイは素晴らしいものだったが、その後その女王様とのプレイを希望することはなかった。1つにはプレイの後で少しお話をした時、緊張感がとけたために私の言葉遣いが一瞬、奴隷 のそれから友人同士のようなものになってしまったため、女王様は 「初めてだということで一生懸命調教してあげたのに。素質はありそ うだと思ったけれどもまだまだね」と思われたようで、別れ際に 「40歳のMのかたとか素敵ですよ」(「自分は中年のM紳士のほうが好 きだ」という意味にもとれる)、(強制オナニーで大量に射精したためもあって)「すっきりした?」(「あなたも性欲処理のために来たんじゃないの?」という意味にもとれる)とおっしゃったのでこちらも「自分はあまりお呼びではないのかもしれない」と思ったからである。

しかしそのクラブで他の女王様に調教していただいても最初の女王様とのプレイ以上のプレイを体験することはなく、ある時、プレイ中にプレイルームを他の客と交換する必要があり、首輪を付けて廊下に引き出された時、 最初の女王様がたまたま通りかかられ、その時の担当の女王様に −「ねえ、こいつ、あんたに最初に調教されたんだってよ」 と言われて、 −「そう? あら、あまえ、最近来たんじゃない?」 とおっしゃいながら四つん這いになっている私の背中にどすんとお座りになって下さり、陽気にお笑いになった。そのため「自分はそれほど 嫌われた訳ではないのかもしれない」と思い(本当は覚えておられなかったのだと思う)、またその女王様に御調教を、と思ったが残念ながらスケジュールがかみあわなかったようで、もうその方とお会いすることはなかった。

そうする内に、他にもっと自分にあったクラブがあるかも知れないと 思うようになり、以前『スナイパー』誌に紹介されていた別の渋谷のクラブを訪れてみた。そこは3DKぐらいのマンションの部屋を使って おり、40歳台のママさんと何人かの若い女性がいらっしゃった。ママさんはS専門で、他の方はSとMの両方をなさっていたようであった。 そのママさんは髪をボブにカットされた、スリムでハスキーボイスの、 ちょっとシャンソン歌手のような感じの素敵な方だった。

私はそこで初 めて御聖水をすすめていただき、やみつきになった。またMプレイは 90分1万5千円だったが、時間制限は事実上なく、放置ブレイを希望すれば、ベッドに縛り付けられたまま一時間ぐらいの放置をしていただく ことも可能だった。私がいつもしていただいたプレイは、壁と天井に大きな鏡が張りつけられた部屋で、ベッドに仰向けに大の字型に ロープで両手両足をしっかりと拘束され、きれいに剃毛していただいた後、蝋燭、鞭、洗濯バサミ、そして御聖水というものだった。 ママさんは縛りと蝋燭が大変御上手で、ベッドの四隅の柱に綿 ロープで手足をしっかりと縛りつけたり、胸から局部まで白い蝋燭で丁寧にびっしりと蝋を垂らしてくださるプレイはシンプルだが飽きることはまったくなかった。またプレイの前に「(怖いので)亀頭には 蝋は垂らさないで下さい」とお願いすると、「亀頭には垂らさないのね。うん、わかったわ」とおっしゃっておきながら、プレイに入るとわざ と亀頭にも蝋を垂らして下さり、亀頭への蝋燭責めがいかに刺激的 で感じるものであるかを教えてくださるなど、M男性の素質を引き出すのがとてもお上手な方だった。(→夢のプレイ

このクラブはとても居心地がよく、間隔を置きながらではあったが、 何回も通った。

VII.2度目のブランク (1988〜1994年)

それまでは都内に住んでいたが、仕事のためA県に移ることとなった。 良い所だったがSMクラブやSMパブは自分の知る限り一つもなかった。 その上、渋谷のクラブでの経験のためもあり、年上の女性にしか性的な魅力を感じなくなってしまっていた。当時セビアンから出た『クイーンズ・メッセージ』が手に入ったので、その中のレオタード姿のミストレスの写真を見ながら自慰をするのが唯一可能なSM的行為だった。 ただ、運良く仕事を通じて知り合った4歳年上のおっとりとした性格の 女性と1年ほどの交際の後、結婚することとなった。 この間にSMからは完全に遠ざかってしまい、たまに東京の実家に戻る時にもクラブを訪れることはなく、そのためますます足が遠のいてし まった。惜しいことをしたとは思うが、結婚を機にSM誌も全て処分してしまった。ノーマルに戻りたいという気持ちは確かにあった。 その後、仕事の都合で東京に帰ることが出来た。そのため書店でSM誌を見てみることはあって、特にバブルの時代、クラブがとても増えた時には少し驚いた。ただあまり若い女王様の場合は技術的に大丈夫なのだろうかと思い、またクラブに行きたいとは思わなかった。東京に帰った後、子供が生まれた。

VIII.現在・再度SMとの再会 (1994年〜) 

1.子供が生まれることになった後、大学を出た後は長いこと行っていなかったストリップをのぞいてみるようになったが、当時首都圏でも 一部の劇場で「女王様による奴隷調教ショー」が行われていて、ある横浜の劇場でそれを見ることが出来た。

通常の出し物の間にエナメルのボンデージに網タイツといういでたちの女王様が鞭を持って舞台に登場し、椅子に足を組んでお座りになり、客の方をぐるりと見回して「わたしに調教されたい者は上がって来なさい」とおっしゃると、 多い時には4人ぐらいの客が舞台に上がって全裸になり、ご挨拶の後、鞭、蝋燭、希望があれば針、そして最後に聖水拝受というショーが行われていた。

自分はエナメルの本格的なボンデージ姿のミストレスのお姿を拝見するのは初めてだったし、その時の若いミストレスはとても可愛い方で、(客が多くて立ち見だったので)ショーの最中女王様のすぐそばで彼女のことを食い入るように見つめていた。次の回の始めに奴隷が募集される際、すでに2〜3人舞台に上がっているのに、女王様はこちらをご覧になって、 「(さっきの回でわたしのことをじっと見つめていたけど)、あなた、 Mなんでしょう? 上がって来ない?」 と目線で語りかけてきてくださった。こちらが 「申し訳ありません。出来ません」 とやはり目でお答えすると、 「よろしい。わかったわ」 という表情をされてショーを始められたのだが、言葉無しで女王様 と目線だけでコミュニケーションが出来たのがなんだかとても嬉しかった。

そしてこの時自分のM性がまたよみがえってきたことが わかり、またクラブに行ってみたいと思うようになった。

2.同じ頃、Bondage Paradiseでも紹介されている聖夜女王様の 『Soft&Hard SM入門』という本を偶然入手。読んでみて「若い女王様 の中にもこういうしっかりした考えと豊かな知識をお持ちで、奴隷が 安心して自分をお任せ出来る方がいらっしゃるのだな」と思い、若いミストレスに対する不安感も解消してきた。

3.それでもしばらくの間はクラブには行かず、ストリップ劇場で女王様による奴隷調教ショーがあることを知ると、出来るだけ見に行くように していた。また秋葉原には女王様もののビデオのおいてある個室 ビデオ店が2〜3軒あり、時折見に行くようになった。

4.そうこうするうち、クラブの女王様に調教していただく夢を頻繁に見るようになる。これは完全に願望の現れであることはわかっていたが、1998年の秋のある晴れた土曜日の朝、若い女王様に調教していただく夢を見て、どうしようもなくクラブに行きたくなった。「今日行かなければ他に機会はない」と思ったが、午後に運良く家族が外出 したので、たまたま買ってあった『セレクト』誌に載っていた、一番近いクラブの広告の載ったページを破り、便箋とボールペンを持って出掛けた。クラブの近所の喫茶店に入ると、店員の目を気にしながら、 自分が希望するプレイを便箋に書き、それからクラブに電話をした。 クラブを訪ねたところ、写真で女王様達のお顔を見せてもらい、 相談の上、雑誌の広告にも載っていたあるミストレスに御調教を お願いすることにした。 2時間ほど待たされたが、ついに女王様が首輪を持って待合室に入っていらっしゃった。 女王様は(待たせたことの埋め合わせに)「迎えに来たよ」とおっ しゃって首輪を付けて下さり、ブレイルームに引っ張っていって下 さった。そして実に10年ぶりの女王様の御調教を味わうことが 出来た。

その後はSM誌でミストレス−M男性に関する記事などを見ても、 鬱屈した感情が湧くこともなく、また調教の夢も見なくなった。 現在は、プレイ中にミストレスの方がふとした瞬間に見せて下さる 満足げな表情を見るために、たまにではあるが、クラブを訪れるようにしている。


<<Mistress Cafe