SPIT MEさんの作品「レイコとシンジ」


 翌日、クラス委員の選出があった。女子は典型的な優等生タイプであり、リ

ーダーシップを取るのが好きな礼子が真っ先に立候補した。一方、男子は目立

ちたがり屋の信次が立候補したものの、礼子は信次と組むのはまっびらだっ

た。なんとかして、信次以外の男子を立候補させ、当選させなければならない。だが、入学して間もない今、礼子が無理を頼める男子は慎治くらいしかいな

かった。しかたない。

「矢作君、クラス委員選挙、あなた立候補してくれない?」礼子にそう持ちか

けられた時、慎治は思わず咳き込んでしまった。「ぼ、僕がクラス委員に立候

補ですか?そ、そんなぼくなんて、クラス委員なんてがらじゃないし・・・」

「大丈夫よ。私の言うとおりにしていればいいんだから。クラス委員なんて、

大した仕事はないから安心していいわよ。そんなことより、私、川内とペア組

むなんていうのだけはまっぴらごめんなのよ。矢作君は全部、私の言うとおり

にしてくれればOKなんだから、私を助けると思って立候補してよ!同じ中学

のよしみでしょ!それとも、私がこれだけ頼んでいるのに、どうしてもいや?」

 憧れの礼子の、大きな、黒目勝ちの瞳に真正面から見つめられた慎治に、嫌

も応もなかった。どんなことであれ、礼子と一緒にいる時間を持てそう、と考

えただけで、慎治は天にも昇る気分だった。

 選挙の結果は順当だった。聖華らしくない、騒がしい信次に投票する者は殆

どいなく、礼子―慎治ペアの圧勝だった。玲子は別に、クラス委員等には全く

興味がなかった。だが、自分と同じ名前、同じ乗馬クラブで見たことのある

礼子が当選して得意がっているのを見るのは、余りいい気分ではなかった。

礼子はまだいい。だが、慎治が、隣の席でいつも何かおどおどしている慎治が

クラス委員、というのは悪い冗談としか思えなかった。「地味なだけの奴なら

まだ可愛げもあるのにね。自分がクラス委員でございって柄とでも思っている

の、あいつ・・」玲子の慎治に対する感情は、単なる無視から嫌悪に変わりつ

つあった。普通の女の子にとっては、嫌悪感を感じる相手とは関わりあいに

ならないように無視するだけだろう。だが、玲子にとって、嫌な相手は即ち、

自分の敵だった。まして、慎治は自分の隣に毎日座っているのだ。否応なく毎

日慎治の顔を見なければならない。そんな相手に対して黙っている玲子ではな

い。玲子はごく自然に、水を飲むように、呼吸をするように、慎治を苛めはじ

めた。苛めてやろう、という意識すらない。玲子にとっては極々自然に振る舞

っているつもりだった。だが、玲子の慎治に対する態度は日増しにきつくなっ

ていった。傍から見ていると、特に玲子の仲間たちから見ると、「また、玲子

の苛め癖が始まった」としか思えなかった。

 玲子はホームルームでもなんでも、慎治が何か発言する度に露骨な侮蔑の

言葉を浴びせた。慎治より遥かに持って生まれた頭がいい玲子にとって、慎治

のあら探しをし、揚げ足をとることなど、極めて簡単だった。慎治は何か言う

度に玲子に突っ込まれ、言葉を失って立往生してしまった。慎治が赤くなった

り、青くなったりして言葉を失うたびに礼子がフォローに入って何とか切り抜

けさせてくれたものの、慎治は段々と玲子に対する苦手意識が刷り込まれてい

った。

 そして5月の連休に開催される文化祭のクラス展示を決める大事なクラス会が

やってきた。玲子はこの席上で慎治を徹底的にやりこめてやろう、と心に決め

ていた。慎治をやり込めるのは簡単だが、一緒にいる礼子はそう簡単にはいか

ない。礼子みたいないい子を困らせるには、単純に騒ぐのが一番いいわね。こ

の手の悪知恵にかけては玲子は超一流だった。「川内にたのんじゃうか」すで

に、玲子と信次はかなり、仲良くなっていた。玲子は信次が本物かどうか、ま

だ信じてはいなかったが、とりあえず、ほかの男よりはマシ、と思っていた。

ハッタリ命の信次にとっては、望外のラッキーだった。信次ごときになかよく

してくれる女の子は、はっきり言って脳みそがかけら程度しかない、昆虫より

バカ、というレベルの子しかいなかった。ルックス的にも、かなり低レベルの

子としか付き合えなかった。玲子のような、超上玉と上手く付き合えるかもし

れない。信次はすっかり舞い上がっていた。玲子が喜びそうなことならば、な

んでもするつもりでいた。「川内さあ、今度のクラス会でね、思いっきり騒い

でくれない?いい子ちゃんの天城があんたの相手で手一杯になる位にさあ。」

玲子にそう持ちかけられた時、流石に少し驚いた信次は思わず、「え、別にい

いけどよう。なんでそんなことするの?」と問い直してしまった。「別に深い

わけはないんだけどね。あたし、矢作は大っ嫌いなのよ。取りあえず、あいつ

をパニクらせたいけど、一緒に天城がいるじゃん?慎治はちょろいけど、天城

もいたら、流石に私も二人一辺には相手できないのよ。だからさあ、川内が騒

げば天城はあんたの相手をせざるを得ないでしょ?天城さえ封じたら矢作なん

てどうとでもいじれるもん!」

 信次が玲子の誘いを断れるわけがない。「任せてよ。思いっきり騒ぐからさ

あ。俺と霧島が組めば無敵だぜ!」信次は脳天気、というかバカ丸出しのノリ

で応じた。自分の行動が慎治のみならず、礼子の顔をつぶす、ということすら

理解せずに。そして、礼子を敵に回すのがどんなに恐ろしいことか、に至って

は信次には想像すらできなかった。

 クラス会の当日が来た。信次は約束とおり、初っ端から騒ぎ、礼子は信次や

その周辺を黙らせるのに精一杯になってしまった。勢い礼子が提案する予定だ

った企画は慎治が提案することになった。玲子にとって、絶好のチャンスだっ

た。何でもそうだが、自分が企画を立てるのは難しいし、面倒なものだが、人

の立てた企画に横槍をいれ、あら探しをするのはずっと簡単なことだ。まして

や、ただでさえ頭の回転が速く、ディベート術にも長けた玲子にとって、引っ

込み思案でリーダーシップを取ったことのない慎治を手玉にとることなど、

朝飯前だった。提案の全てを玲子に突っ込まれ、けなされ、否定され、おどお

どする慎治にクラス中から冷たい失笑がもれた。玲子のグループからの集中

攻撃を受け、殆ど言葉を失った慎治はとうとう逆ギレし、半べそをかきながら

甲高い声でわめきだし、クラス会をすっかり台無しにしてしまった。

 「矢作君、放課後ちょっと残ってくれる?今日のクラス会について、しっか

り話し合いたいの。」自分が議長を務めたクラス会を台無しにされた怒りが納

まらぬ礼子に呼び出された慎治は、すっかり縮みあがっていた。

 放課後、礼子の部活が終わるまで、誰もいなくなった教室に慎治は一人ポツ

ンと残されていた。「天城さんに、何を言われるんだろう・・」礼子と二人

きりになれる、などという楽しさは全くなかった。慎治は死刑執行人を待つ、

受刑者のような気分だった。怖くてたまらなかった。玲子たちに罵られ、嘲ら

れただけでも慎治の精神は既にズタズタだった。更に、礼子にまで罵られるの

だろうか。もともと仲のよくない玲子たちに苛められただけでもこんなに辛い

のに、大好き、というより憧れの礼子にまで罵られたら・・・慎治は、自分が

耐えられるとは思えなかった。逃げ出したかった。叫びながら走り回りたかっ

た。だが、礼子の命令に逆らうのは、もっと怖かった。ネズミのように、恐怖

に震えながら慎治はひたすら、礼子を待っていた。長い長い、慎治にとって

無限とも思える時間が過ぎていった。

 やがて、廊下をこちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。慎治はビクッと

電流を流されたように震えた。礼子が来たに違いない。慎治はパニック寸前だ

った。悲鳴をあげそうになるのを、やっとの思いで抑えていた。教室のドアを

ゆっくりと開け、礼子が入ってきた。

 慎治が慌てて椅子から立ち上がるのを抑え、礼子は慎治と向かい合わせて座

った。礼子は黙って慎治をじっと見つめていた。慎治は息が詰まるようだっ

た。黒目勝ちの、礼子の大きな瞳に吸い込まれそうだった。何か言わなくち

ゃ。ごめんなさい、しなくちゃ。でも、何ていったらいいんだろう・・慎治

は痴呆のように口をパクパクと震わせながら、黙っていた。礼子の視線は刺す

ように痛かった。目をそらすことさえできなかった。慎治が半べそをかいてき

た頃、礼子が口を開いた。

 「そんなに怖がらなくていのよ。」礼子は固い表情を崩し、なんとも言えな

い優美な微笑を浮かべながら言った。「霧島さんたちにあんなに苛められて辛

かった?私にも怒られる、と思って怖かった?心配しなくていいわよ。あれだ

け四の五の言われたら、大人しい矢作君がパニックしちゃうのも仕方ないわよ

ね。安心していいわよ。私、もう怒っていないから。」慎治はほっとする余

り、思わず涙をこぼしてしまった。「馬鹿ね。泣くことなんてないじゃない。

私、そんなに怖い?」慎治は心のそこからほっとした。地獄に仏、というか、

礼子が殆ど観音様かなにかのように思えたほどだった。だが、次の瞬間、礼子

は再び、表情を引き締めた。

 「矢作君、私はあなたには怒っていないわ。だけど、霧島さんたちの今日の

態度は許せないの。だから、明日のホームルーム、きちんと仕切って頂戴ね。

ホームルーム前に、今日みたいな騒ぎは絶対に許さない、って霧島さんたちに

もビシッと言っておいて頂戴。」「いいこと、ああいう人たちはね、こっちが

大人しくしていたら、いいように増長させるだけよ。矢作君がしっかりしない

と余計、舐められるだけよ。」「え、・・で、でも、霧島さんたちにああポン

ポン言われると、どうにも反論できなくて・・」「その弱気がいけないのよ!

矢作君も男の子でしょ?男の子だったらね、言うべき時はしっかり言うの。私

の言ってること、間違ってる?」「そ、そんなことないです・・」「じゃあ、

分かったわね。明日、必ずしっかり言うのよ。それ位言えないようじゃ、矢作

君、あなた男じゃないわよ。明日、期待しているからね。」礼子はそう言う

と、再びニッコリと笑いながら慎治の肩をポンッと叩いた。「さ、帰ろう。す

っかり遅くなっちゃったね。」慎治は礼子と一緒に下校する幸せと、明日玲子

と一戦交えなければならない気の重さに、複雑極まりない心境だった。


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