

冬の、日が暮れた小学校の校庭は、静かで冷たい。
そこに僕と彼女はいた。僕たち以外は、誰一人いなかった。
彼女は、冷気で冷えたベンチに腰をかけていた。
「この椅子…今にも壊れそうね…」
彼女がそう言って豊満なお尻を揺らすと、椅子はぎしぎしと音を立てて、軋んだ。
「そんなに揺らすと、壊れますよ…」
僕は不安げに言ったが、彼女はそんな事には耳を貸そうともせず、長い脚を組み替え、煙草に火をつけた。
「今日は一段と寒いですね」
僕はぽつりと言った。そう言ってしまうほど、今夜の風は冷たかった。
「そうかしら。私は、そうは思わないけど…」
純白の毛皮を羽織っている彼女は、雪がちらつく漆黒の空を見上げながら、煙草の煙を吐いた。
「それにしても…本当にこの椅子…頼りないわね」
そう言って彼女は、貧弱な椅子をゆさゆさ揺らした。
「ミシ、ミシ、ミシ」
椅子の四本の脚は、軋みながら零下に近い地面と接していた。
「立て付けも悪いようね…」
がたがたと揺れる椅子を見下げ、呆れた様子で彼女が言った。
それは、その椅子の立て付けが悪いわけではなかった。
それは、僕が寒さで震えていたからである。
「寒いの?まさか、そんなことないわよね」
彼女に気遣いをさせてはならない。それが僕のフェミニストと言うべき、信念か…
「大丈夫です」
「そうよね…」
彼女は、栗色の柔らかい髪を一度かき上げ、短くなった煙草を消そうと、ベンチの角にその火種を持っていった。
「ひ…」
僕は悲鳴を上げそうになった。だがここで声の一つも上げようものなら、彼女の機嫌を損ねるのは、必然的だ。だから僕は必死に耐えた。
彼女は表情一つ変えずに、強いて言うならば口元に少し笑みを浮かべながら、ベンチの角で煙草を揉み消し、地面に捨てた。
「みしみし動くし、がたがた揺れるし…本当にこの椅子は、座り心地悪いわね」
そう言って彼女は立ち上がった。
「はあ…」
僕は、長年背負っていた重荷をやっと降ろせたかのように、安堵のため息をついた。
そのため息もつかの間、僕は喉が詰まる思いがした。
それは、彼女が引いたからである。
僕の首に巻かれていた犬の首輪に繋がれた手綱を、彼女が突然引っ張ったからである。
「ちょ、ちょっと待ってください」
僕の意志など、その辺りに落ちている石の如く他愛もない物であると自覚していたが、その僕の気持ち以上に彼女は、僕の存在をそのようなものであると思っているようだ。
たとえ僕の手足が、寒さで凍りついていて思うように動かなかったとしても、彼女には全く関係ないらしかった。決して手綱を緩めようとはせず、彼女は歩みを止めようとしなかった。
それでも動けない僕に呆れた彼女は、僕を冷酷に見下げてこういった。
「えらく反抗的ね…」
僕はどうやら彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。それに気づいてからでは遅かったが、僕は急いで彼女の前にひれ伏した。黒いブーツを履いた彼女の足下に、小さく縮こまった。
「お許しくださいませ、女王様」
そう言って地面にこすりつけた私の頭を、彼女は何のためらいもなく踏みつけた。
踏みつけた方のつま先に、彼女は全身の力を込めた。
「ギ、ギ、ギ…」
頭蓋骨の軋む音がして、頭に血が上る思いがした。
しかしそれは、僕の粗相に対しての罰であり、二人の合意によるものだった。
だからその後、彼女が僕の身体をより残酷に罰し始めても、何の問題もなかった。
むしろそれが、僕にとっては快感だった。
そうして彼女に虐げられることにしか快感を得られなくなった僕は、この冬の寒空にも似た漆黒の闇にただ墜ちていくしかない哀れな家畜でしかいられないと自覚するのである。